HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報618号(2020年5月 8日)

教養学部報

第618号 外部公開

クリエイティブな仲間は自分の創造性を妨げる? 〜ソーシャルネットワークの構造とイノベーションとの関係〜

植田一博

激しい競争の中で企業が生き残るには、他者にはまねのできない、従来とは異なる新しい価値を生み出す製品やサービスを展開すること、すなわちイノベーションが重要です。かつては、イノベーションに結び付く新しいアイデアや価値の創造の担い手は、製品やサービスを開発し提供する供給側にあると考えるのが一般的でした。しかし近年では、製品やサービスの使い手であるユーザーが自らの目的を達成するためにイノベーション(以下、ユーザーイノベーション)をしばしば起こすことが指摘されています。ユーザーイノベーションの具体例として、サランラップが挙げられます。「ポリ塩化ビニリデンのフィルム」(のちのサランラップ)は、もともと軍用として、銃や弾丸を湿気から守るための包装フィルムに利用されていましたが、戦後は特に用途を見つけられない状況でした。ある日、フィルム製造メーカの職長二名の妻がフィルムに包んだレタスをピクニックに持っていったところ、新鮮さが保たれていたため大評判となり、そこから食品用フィルムとしてのサランラップが作られました(それら職長の妻の名前がサラとアンであったため、「サランラップ」と名づけられたという落ちまであります)。サランラップが長期的なヒット商品になったことは言うまでもありません。
このような状況を背景に、近年では、実際にユーザーの視点を取り入れて新製品の開発を行う企業が増えています。具体的には3M、MUJIなどです。その中でDellは、Idea Stormと呼ばれるインターネット上のサイトを運営しています。Idea Stormを通じて、ユーザーたちは自由に情報を交換することができ、またDellの商品開発や新しいサービスの提供に関して、アイデアを提出することができます。アイデアはDellの専門家チームによって評価され、その有効性が公開されています。本研究ではIdea Storm上の、6,333名のユーザーの2,213,782件のデータを活用し、回帰モデルを用いて、個人のイノベーションに対して、ソーシャルネットワーク構造と情報共有者の創造性が与える影響を検討しました。
これまで、ソーシャルネットワーク構造と情報共有者の創造性がイノベーションに与える影響については、⑴開放的なネットワーク(図1)は多様な情報をもたらしやすいため、イノベーションに良い影響を与える一方で、閉鎖的なネットワークでは、冗長な情報が流れる可能性が高いので、イノベーションに悪い影響を与える傾向があること、⑵創造性の高い情報共有者は有力な情報源として、普通の情報共有者よりも、対象者のイノベーションに良い影響を与える傾向があること、が知られていました。しかし、ソーシャルネットワーク構造と情報共有者の創造性を同時に考えた際に、これら二つの変数の交互作用がイノベーションにどのような影響を与えるのかについてはこれまで検討されていませんでした。その点を中心に分析を進めました。
具体的には、情報共有者の行動を、Idea Storm上の「討論」(Comment)と「賛成投票」(Vote)によって定義しました(図2)。また、個人の情報共有者(ネットワークネイバー)がお互いに情報を共有している比率を用いて、対象者の情報共有ネットワークの開放性(Openness)を測定しました。対象者および情報共有者の創造性はDellの専門家チームに有効と判定されたアイデアの数によって測定しました。その上で、ポアソン回帰分析を通して、個人の有効アイデア数と、対象者のネットワークの開放性(a)、情報共有者の平均有効アイデア数(b)、aとbの交互作用(c)、との関係を検討しました。
その結果、情報共有ネットワークの開放性が高いほど、創造性の高い情報共有者が対象者のイノベーションにポジティブに影響することがわかりました。それに対して、情報共有ネットワークの開放性が低い場合には、創造性の高い情報共有者は対象者のイノベーションにネガティブに影響してしまうことが明らかになりました。
本研究成果の示す、開放的なソーシャルネットワーク構造かつ創造性の高い情報共有者が存在することがイノベーションを生む鍵であるという知見は、実社会での組織づくりにも貢献するものです。今後はソーシャルなネットワークの中での個人の創造性に関してさらなる検討が進むことが期待されます。
なお本研究は、Nature初の人文社会科学系姉妹誌であるPalgrave Communicationsに掲載されました(二〇二〇年一月十四日)。

618_01_1.png
図1.開放的なネットワーク(ア)と閉鎖的なネットワーク(イ)のイメージ図。開放的なネットワーク:対象者のネットワークネイバーが互いに繋がっていない。閉鎖的なネットワーク:対象者のネットワークネイバーが互いに繋がっている。

618_01_2.png
図2.ネットワーク構成法のイメージ図。BがAのアイデアに対してコメント(Comment)することおよび投票(Vote)することによって、AとBの間に一つの情報伝達経路(図の中では「ネットワークのエッジ」と表記)があるとしました。エッジの方向はBからAまでで、重みはBのAに対するコメントと投票の頻度の和に等しいとしました。このような手続きで情報共有ネットワークを構築しました。

(広域システム科学/情報・図形)





第618号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報