HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報618号(2020年5月 8日)

教養学部報

第618号 外部公開

〈後期課程案内〉 農学部

農学生命科学研究科 副研究科長 中嶋康博

人類と地球の未来を農学から考える
http://www.a.u-tokyo.ac.jp

国連は二〇一五年の「持続可能な開発サミット」において、「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」を採択しました。そしてこのアジェンダの行動計画として、「持続可能な開発目標(SDGs)」で解決すべき十七の課題を定めました。農学には、食料問題や環境問題の分野で、これらの課題を解決する使命が与えられています。以下、皆さんと一緒にその取り組みの背景をみてみましょう。
農学は、究極的には人類が生存し続けるために地球上の生物とどのように共生するかを考究する学問だということを知ってもらいたいと思います。このようなアプローチをとるのは、私たち人類が地球上の他の生物と歩んだ長い歴史を踏まえてのことです。人類(ホモサピエンス)は少なくとも二十五万年前には登場し、他の生物に生かされてきました。高等動植物だけでなく、バクテリアや酵母などの微生物も含めて、これらの生物群が産み出す生物資源に支えられてきたのです。
人類は、植物の栽培化、動物の家畜化ができるようになり、自らの食料となる動植物を選択的に増やしていくようになりました。その結果、人口は増え続け、紀元ゼロ年頃には二〜四億人、そして二千年近くかけて十九世紀始めに十億人に達しました。その過程で人類の活動が活発になり、他の生物をますます圧倒していきます。十五世紀の終わり頃からコロンブス交換と呼ばれる人類による地球規模の生態系改変が起こりました。
その後、人口増加は加速します。二十世紀半ばに二十五億人、その五十年後には一気に六十億人、そしてその十年後に七十億人になったのです。この人口の爆発的な増加は、医療・公衆衛生等が改善されたこともありますが、人工的な窒素固定による化学肥料の開発や遺伝学に基づく品種改良など、近代農学が発展して食料が大増産できたことに支えられています。かつて心配されたマルサスの罠と呼ばれる食料不足は起りませんでした。ただ、その成功の裏側では、森を切り拓き、水資源を汲み上げ続けるなどによる資源枯渇、化学肥料や農薬の多投入による水質汚染や生物多様性の減少が深刻になっていきました。
一方、産業や生活は地球全体で石油や石炭などの再生可能でない資源に基づいたものへと転換していきました。その結果、社会と経済の繁栄の代償かのように地球温暖化やマイクロプラスチックの拡大などの環境悪化が進んでいます。世紀末には世界の人口が百億人になり、人類社会と地球が持続しうるのかが懸念されています。これらの問題の解決のため、あらためて生物資源を高度利活用する画期的なシステムを開発して、人類が持続可能で健康な社会を再構築することに取り組んでいます。それが新時代に農学が挑戦し達成すべきミッションです。
農学部では、その役割を果たすため、生命のメカニズムや生物の機能を解明するべく、分子レベルから個体レベル、さらには群落、生態系、生存圏のレベルで研究が行われています。それらの研究は、実験室で行われるものから、世界中の陸域、海域のフィールドで行われるものまで、専門によって多岐にわたります。また、人類の活動が他の生物群や環境へ与える影響を明らかにするため、食の生産・消費システムを工学分野や社会科学分野から研究する取り組みもあります。これらの研究成果は、農林水産業を環境調和的な産業へと進化させるとともに、革新的な食や生態系サービスを創造する基盤に応用され、そして地方創生を支援する役割も果たしています。
農学部では、進学時にこれらの研究に適用されている多様な科学を段階的かつ体系的に学ぶための教育体制が構築されています。まず農学を三つのアプローチから区分して、応用生命科学、環境資源科学、獣医学の三課程を用意し、その課程のもとに、生命科学、化学、生態学、環境科学、工学、社会科学などの学問分野を背景にした十四の専修が設置されています。
皆さんが農学部に進学すると、まずは専修の所属する生命分野もしくは環境資源分野ごとに広く農学を学びます。分野横断的なカリキュラムもあり、たとえば人類の直面する課題を解決する人材育成を目指した「One Earth Guardians育成プログラム」は三期目を迎えて、カリキュラムのさらなる充実を図っています。
専修では専門的な学修を深めていきます。先端的な研究へ誘うため、すべての専修において実験や実習が用意されています。現場の実態を知ることと体験することを重視し、フィールド実習にも力を入れています。演習林、生態調和農学機構(旧農場)、牧場、水産実験所、動物医療センターなどの附属施設において、教室での座学では触れることができない、かけがえのない気づきと学びを得ることができます。
農学部でのこれらの多角的な教育研究に多くのみなさんが参画してくださることを期待しています。

(副研究科長/農業・資源経済学)

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