HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報618号(2020年5月 8日)

教養学部報

第618号 外部公開

<時に沿って> 科学中年になりたい

羽馬哲也

今年一月から先進科学研究機構に着任しました羽馬哲也と申します。およそ九年間いた北大低温研では宇宙における物質進化、とくに星や惑星系の材料物質となった「氷星間塵」という宇宙空間を漂う微粒子について実験研究をおこなってきました。たとえば太陽系では、彗星などの太陽系小天体、天王星や海王星といった巨大氷惑星はおもに氷でできており、氷星間塵が凝集してできたものです。このように氷星間塵が宇宙でどのようにして生成し、進化するのかを知ることは星・惑星系の形成に重要なのですが、それでは自分が昔から天文少年だったかというとそうではなく、京都大学の学部・大学院時代に光分解ダイナミクスを研究されている川﨑昌博先生のもとで「氷の光化学反応」の実験をしていたことが、北大で「宇宙の氷」を研究するきっかけとなっています。では自分が昔から氷や光化学反応が好きな少年だったかというとそんな訳はなく(そんな少年は珍しいでしょう)、川﨑研に所属したのも「修士のあいだに海外留学ができる」という触れ込みを先輩から聞いたためでした。
こう振り返ると当時の自分の志の低さを感じるのですが、それでもその時その時の研究に打ち込んでみると、自分の想像を超える世界に連れて行ってくれるのが科学の懐の大きさであり、また京大・北大の恩師の教育の凄さです。京大川﨑研ではイギリスとアメリカの短期留学だけでなく、氷の光化学反応を通して水分子が持つ複雑な性質(例えば水素結合や核の量子性)を垣間見、化学反応には「反応物A→生成物B」では表現できない奥深さがあることを知り、また同時に「こんなことも実はよくわかっていないのか」という物理化学のさまざまな問題や現状に気付かせてくれました。
北大では渡部直樹先生や香内晃先生らから「流行りや真似ではない羽馬君オリジナルの面白い研究をするよう」事あるごとに言われました。これはとんでもない難題で、そんなものがすぐに思いつく訳もないのですが、それでも「これならできるのでは?」と研究室にある部品を寄せ並べ、足りないものを買い、拙い穴開けやはんだ付けをし、自分でできない加工は技術部の方のお世話になり、わからない事は多くの方に教えて頂きながら実験装置を組み上げ研究をおこなう楽しさは言葉にし難いものがあります。まだオリジナルかつ面白い研究ができたと言うには程遠いですが、最近、氷星間塵の研究手法は、今後の地球の気候変動に重要な微粒子(エアロゾル)の研究にも応用できる可能性を感じています。自分の知りたいこと・できることが増えていくこと、大げさに言うと「自由を手に入れること」が学び続ける意味なのだと、三十代の中年になりやっと少しわかってきた気がします。
時に沿って思い返すと、周りに恵まれてきたから今までやってこられたことを実感しますが、今回の駒場への異動を機にまた新しい研究に挑戦しようと思います。それが育ててくれた京大、北大への恩返しになるはずですし、先進科学研究機構の組織規模や目指す方向性とも合っているはずです。学生にとっても現場で悪戦苦闘している姿は良い(悪い?)刺激になるかもしれません。試行錯誤の末、失敗するかもしれませんが、独善的な研究にならないためにもみなさまからご指導いただけますと幸いです。

(相関基礎科学/先進科学)

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