HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報618号(2020年5月 8日)

教養学部報

第618号 外部公開

〈後期課程案内〉 薬学部

薬学系研究科 副研究科長 三浦正幸

総合的な生命科学としての薬学
http://www.f.u-tokyo.ac.jp/


薬学部という名前からは、製薬や薬剤師という仕事に関係した学部というイメージが浮かんでくると思います。私も薬学部の教員ということで、そのようなことを教えているのだろうと思われるのですが、実際に行っている研究のことを話すと、本学の薬学部は『分子を扱う生命科学の研究と教育』を行っている部局であることが少しずつ理解していただけます。
体に不具合が生じる時は、何らかの異変が細胞におこります。その不具合は、がんのように細胞が増えすぎても、神経変性疾患のように細胞が失われてもおこり、病気として現れるようになります。このような異常細胞を化合物や生物製剤で、抑え込み、駆逐し、あるいは矯正することが広く薬学的なアプローチと考えることができます。では、例えばがん細胞が生じたら、それを死滅させる薬を作ればよいではないかとはすぐに考えられることでしょう。しかし、異常な細胞は周りの細胞と共に患部を作っていますから、薬ががん細胞を殺そうとしてもその影響は他の細胞にも及びます。細胞が死ぬというだけでも、周りの細胞の増殖を助けたりと様々な様相を呈するのです。異常な細胞や薬の作用を受けた細胞の振る舞いが生体では多岐にわたり、その影響が組織をこえて全身で顕現します。ですから疾患での異常細胞の操作に基づく創薬には、生命現象への深い洞察と広い視野での分子アプローチが必要です。薬の標的探しの難易度が増し、メガファーマと呼ばれる欧米の製薬企業では生命科学の先端技術を持つベンチャーをいくつも取り込むことで新薬の開発を行っています。このような状況の中で、日本はアジアでは唯一オリジナルな新薬を出してきた国ですが、創薬にとって生命科学研究の先鋭化と異分野融合がますます必要な時代になっています。
本学薬学部は一八七三年に第一大学区医学校に製薬学科が開校されたことに起源をもち、近代薬学研究教育の源流となっています。以来、基礎的な研究を最重要に進める気風が受け継がれ、現在は有機化学、生物物理学、分子生命科学、そして薬と社会との関わりを研究するレギュラトリーサイエンス分野の研究教育を行っています。薬学部には、薬科学科と薬学科があり、創薬研究者や生命科学研究者を目指す人は薬科学科に、薬剤師資格を目指す人は薬学科に進学します。薬科学科と薬学科への配属は、三年次を修了する頃に希望を聞き面接試験によって決定します。本学薬学部は研究者の養成を重視して来たので、薬科学科の定員は七十二名と多くなっています。一方で薬学科の定員は八名ですが、この学科に進んでもしっかりと研究をして、研究がわかる薬剤師資格を有する医療従事者、薬事行政に関わる人材を育成することに力を入れています。薬科学科の修業年限は四年、薬学科の修業年限は六年です。学部を終えると多くの学生が修士課程や博士課程に進学し、さらに研究を深めていきます。
薬学部では、創薬の基礎となる化学、物理、生物といった異なる専門的な研究が進められています。教授陣の出身学部が薬学は勿論、理学、理工学、医学、歯学と多岐にわたっていることも特徴で、それぞれの専門背景を生かした先鋭的な研究を展開しています。化学系では機能有機分子の設計、生理活性天然物の全合成、天然物生合成のケミカルバイオロジー、触媒反応開発、反応化学・合成化学による物質創生、分子イメージングのケミカルバイオロジーなどの研究が行われています。物理系ではX線やクライオ電子顕微鏡、核磁気共鳴法による生体高分子構造解析、生体分子機械の動作原理やマイクロ・ナノデバイスの開発などの研究が行われています。体や細胞の正常と異常とを知る生物系では、細胞機能の基本的な仕組み(シグナル伝達、蛋白質代謝、生体膜脂質の機能、細胞分裂機構、幹細胞の成り立ち、細胞死など)や高次生体機能(神経回路形成と機能、免疫制御、神経変性、老化など)の研究が行われています。薬が体の狙った部位に到達し、作用し、排出させる仕組みを研究する薬物動態学や製剤設計の研究も盛んです。生命科学の先端技術を用いた研究がすぐ隣の研究室で行われているため、学部内の異分野融合研究が日常的に行われています。卒業生は、国内外の大学や研究機関、製薬企業や医薬品審査や行政に関わる仕事など多方面で活躍しています。学会や研究会に行くと、実は東大薬学部出身で、と挨拶されることが多く、卒業生の幅広い活躍に感心しています。
薬学部は薬に関わる生命科学に特化した学科としてはいいサイズの学部です。専門が違ってわからないことがあっても、同期の友人に聞けば解決の糸口がつかめることもよくあります。生命科学研究の面白さは、生き物が進化で獲得してきた仕組みには必然性と同時に偶然性があることで、正常細胞が異常になる仕組みや異常を治す解決方法は一つではないことにあるのではないでしょうか。誰も見つけられなかった驚きの現象を発見し、仕組みを研究して、細胞機能を操作する新しい方法を開発する。これらのプロセスを通して疾患と対峙する創薬の基礎研究は、絶えず新しいアプローチを求める刺激的な学問です。ぜひ、一緒に取り組みましょう。

(副研究科長/発生遺伝学)

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