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最終更新日:2020.08.07

教養学部報

第619号 外部公開

駒場のいちばん長い3月 ─感染症対策から授業オンライン化まで

鶴見太郎

留学生を多く抱え、学生の海外研修を積極的に行う駒場は、新型コロナウイルス感染拡大に対して早い段階から比較的敏感だった。太田研究科長が分子生物学を専門にしていることも、的確な状況判断に基づいた危機意識を共有するのに有利に働いた。
事の始まりはPEAK入試だった。ビデオ会議システムを使う面接をめぐって、今年は各受験生の自宅を会場として面接することが、一月末にPEAK担当者と本部によって決定された。一月三十日には、中国から入国する場合の二週間の自宅待機をいち早く要請した。二月十九日には研究科長から「新型コロナウイルス対策に関する研究科長からのお願い」が教職員・学生向けに発せられ、twitterなどで評判になった。二十日には、他国への感染拡大にともない、国際研修も一斉に中止した。
だが研究科長室が一層慌ただしくなったのは、三月に入ってからである。五日にクラスター形成予防のお願いを発出すると、六日に早稲田大は授業開始時期の繰り下げを発表し、すでにオンライン授業を開始していた北京大についての詳細情報が九日までに入ってきた。十一日にはハーバード大がオンライン化を決めたというニュースも飛び込む。これらを横目に研究科長室では四月以降の対応案の議論が始まり、総務委員会や教授会などで示された案の一つに授業のオンライン化があった。すでに現実となっていた入国できない留学生への対応も含意されていた。
十二日、四本研究科長補佐─三月で退任予定だったが、現在も特任補佐として三月が終わらない─を中心とする授業オンライン化タスクフォースの設置が決まった。同補佐の強力かつ的確な行動力に触発されて私も関わっていくことになった。もっとも下旬になるまでは、オンラインはコロナ問題が長期化した際の「プランB」という意味合いは強かった。
オンライン授業の難しさは自明だったが、加えて主に二つの問題が当初から懸案となっていた。一つは教員側の事情だ。ICT全般に疎い教員は少なくない。スタイルも大きく変わる。駒場のような巨大な組織での導入は容易でない。仮に反対意見は出なくても、「やっつけ」で授業をする形になる事を避けるには、全員に前向きになってもらわなければならない(四月に入るとどの大学もオンラインを当然視するようになっていたが、この時点では我々自身さえ半信半疑だったのである)。二つ目は学生のネット環境やパソコンの保有状況について、経済的な問題もかかわり、大きな不安があった。
タイムリミットは迫っていた。授業開始の繰り下げも検討したが、本学固有の進学選択の問題があり、二週間が限度だった。繰り下げてもコロナが終息していなければ、打てる手がない。オンライン化の準備は避けられなかった。幸い、本部の情報基盤センターも三月上旬から準備を始めていた。
デュー・プロセスを守るため、十八日に前期・後期運営委員会・研究科教育会議の各委員もオブザーバー参加が呼びかけられる形で臨時の総務委員会が開催され、オンライン化準備が承認された。月末には教授懇談会の開催が予定されたが、オンライン化準備に専念すべきとして各専攻・系了解のもと見送りとなった。同日、非常勤を含む教員に対し授業のオンライン化準備をお願いする文書が、翌日には在学生に端末・ネットをなるべく準備するようお願いする文書が発出された。これらの文書で、現在まで駒場の構成員の行動基準となっている「ステージ」が示されることになる。
教務課や各部会等との調整は急ピッチで進められた。また、最低限のことを全員が達成できることを狙ったマニュアルを用意したうえで、翌週から講習会を連日開催した。スピーディーに情報を開示すべく、情報サイトを教員向け・学生向けそれぞれ立ち上げて連日更新し、教員・学生からの問い合わせにも答えていった。いずれも英語版・英語回を用意したが、特に非常時の英語対応はさらに増強が必要であると感じた。
これらを通じて明らかになったのは、先生方の非常に前向きな姿だった。総務委員会後の質疑応答時は、オンライン化を前提とした質問で占められたのである。講習会でも多数の非常勤を含む先生方は大変熱心だった。
研究科長室が最も心配したことの一つは、実習系の授業だった。特に体育実技は困難が想像された。ところが、スポーツ・身体運動部会の先生からは特に問い合わせがない。当時はまだ一部対面実施の余地を残していたため、体育実技は対面をもっぱら前提にされているのではないかという(今考えれば大変失礼な)不安さえよぎり、実習を抱える他の部会と併せて、念のため研究科長が直接電話で様子を伺うことになった。だがそこで明らかになったのは、先生方が全面的なオンライン対応も選択肢に入れて準備を進めてくださっていることだったのである。不明を恥じるとともに、大いに勇気づけられた。
最大の非常勤講師数を抱える外国語部会の先生方も非常に協力的に調整を進めてくださった。講習会を通じても多数の協力的な非常勤の先生方と接し、非常勤の先生方の駒場にとっての大きさを実感した。
オンライン授業の鍵を握る教科書販売に関し、生協書籍部はこれまで態勢のなかった通販を急遽立ち上げてくださり、状況悪化後も通販は維持されている。
学生へのサポートもなんとか進められた。マニュアルは新入生への手渡しに間に合い、中古パソコン等の貸与は希望者全員に行きわたった。無料のモバイル・ルーターの貸与についても、必要な学生にはほぼ行きわたったと見ている。「見ている」というのは、自己申告制にせざるをえなかったからだ。しかしここでも我々は勇気づけられた。本部が手配できたルーターの数には限りがあり、「無料」の言葉に学生が殺到してしまうと必要な学生に行きわたらなくなる。全学生の協力が必須である旨呼びかけた文書で自己申告に頼るのは賭けだった。だが、学生は見事にその事情を汲んでくれた。条件を満たしているにもかかわらず、もっと条件の悪い学生がいたら辞退する旨注記する学生さえいた。
四月七日の緊急事態宣言を受け、その翌週までに職員も八割が在宅勤務するようになった。しかし事態は長期戦の様相を呈している。学生がオンラインのみの毎日にどこまで耐えられるか不安は消えない。学生同士のつながりのため、学籍番号奇数偶数に振り分けてそれぞれ一週目・二週目で対面授業を行う計画もあったが、それも叶わなかった。せめてオンラインでは学生と教員および学生同士の連携を絶やさぬよう工夫を続けたい。

(研究科長補佐/地域文化研究/国際関係)

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