HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報619号(2020年6月 1日)

教養学部報

第619号 外部公開

多段階の自動調節機能を人工材料で実現!

寺尾 潤

自然界では周りの環境変化に対して、刺激に対する反応の強さを自動的に制御する仕組みが数多く備わっています。例えば人間の五感を例として挙げると、強い光に対しては眩しく感じ、大きな音には騒々しく感じるなど、受ける刺激が強いと身体が反応する応答も強くなります。しかし同時に、これらの反応に対して、我々には自動調節システムが備わっています。ある閾値を下回るような弱すぎる刺激に対しては全く応答せず、逆に強すぎる刺激に対しては過剰応答を防ぐ仕組みが備わっていることが知られています。このような多段階の自動調節システムは五感だけでなく免疫系などをはじめとする生体内で数多くみられ、刻々と変化する環境の中で安定的な生命活動を維持する上で、非常に重要な役割を担っています。もし人工材料にこの自動調節機能を取り入れることができれば、センサ・コンピュータ・物質生産システムなどにおいて、人間が状況を判断してコントロールするのではなく、周りの環境変化に応じて自動的に応答性や生産性を変化させる調節システムの創製が可能となるため、より豊かな社会システムの構築につながると考えられます。このような調節機構は、自然界では複数のタンパク質等が複雑かつ協同的に働くことで達成されていますが、生態系で利用されているような複雑なシステムを、そのまま人工的なシステムに組み入れることは現実的ではありません。したがって、このような自動調節機能を人工材料で模倣するための新しい材料設計が求められています。我々の研究室では、環状分子であるシクロデキストリンが連結した有機分子の自己包接による被覆手法を考案しました。この手法により得られる被覆型分子をモノマーとして用い、これまで様々な機能性高分子(ポリマー)の安定性や機能性の向上に関する研究を行っています。最近我々は、多段階調節機能を単一の材料で達成するための新しい被覆型高分子材料の設計を提案し、その実証に初めて成功しました。即ち、二種類の金属元素を含む被覆型高分子材料に着目し、有毒ガスの一つである一酸化炭素濃度に応答して発光する材料において、「低・中・高」三つの濃度領域を識別し、自律的に応答性が変化するシステムを実現しました。この人工材料において、一つ目の金属は一酸化炭素ガスを認識してポリマー鎖を切断し、別の金属を含む発光性の単量体(モノマー)が生成します。しかし一酸化炭素ガスに一定時間暴露させ、生じる材料の発光強度を調査したところ、ガスが低・中・高という 三つの濃度領域で異なる応答性を示し、二つの異なる閾値を有する自動調節システムを有することが明らかとなりました。このシステムの鍵となったのは、ポリマーが構成要素であるモノマーに分解することで初めて発光する仕組みを設けたことと、ポリマー鎖の切断反応速度が一酸化炭素の濃度によって切り替わる金属を選択したことです。これによって、低濃度でもポリマー鎖の切断は進行しますが、発光性を示すモノマーよりも発光性を示さないオリゴマーが主に生成するため、ポリマーの切断量に比べてモノマーの発生量は少なくなります。今回この両者のずれを用いることで、一酸化炭素が存在しても発光を示さないオリゴマーが生成する低濃度領域(一つ目の閾値)を生み出すことに成功しました。さらに一酸化炭素ガス濃度を高めると、ガス濃度の増加に伴って発光性を示すモノマーの生成量が増え、発光強度が強くなる通常の比例関係を示す領域(中濃度領域)が発現しました。さらに高い濃度領域では、一酸化炭素と反応可能な金属の供給が追い付かなくなり、濃度に依らず一定の発光強度を示すという特異な二段階調節システムが実現できました(二つ目の閾値)。今回、単一の高分子材料にもかかわらず、まるで生体システムのような多段階の自動応答変調システムを実現しました。このようなシステムを多様な人工材料に組み込むことにより、センサ・コンピュータ・物質生産システムなどの応答性や生産性が、周りの状況に応じて自律的に変化することが可能になると考えられます。今後、発光材料のみならず、さまざまな機能性材料にこの自律調節システムを組み込むことで、人の手を介しない自律型機能性材料の創成が期待されます。

(相関基礎科学/化学)

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