HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報619号(2020年6月 1日)

教養学部報

第619号 外部公開

電気を流すことで材料が変形する現象の発見

塩見雄毅

台所で使われるガスコンロやライターは、どのような仕組みでガスに点火させているのでしょうか。中に火打石が入っているのでしょうか。実は、点火には特殊な材料が使われていることがあります。その特殊な材料は圧電体と呼ばれ、力を電気に変えたり、電気を力に変えたりする性質を持ちます。圧電体を押すことで火花を飛ばし、その火花を利用してガスに着火させているのです。
私の専門は物理学ですが、圧電体のような材料(物質)を扱う分野を特に物性物理学と呼んでいます。私は実験研究の観点から、物性物理学の研究を行っています。今回は圧電体に関する我々の最新の研究成果について紹介したいと思います。
圧電体は、一八八〇年にキュリー夫人の夫であるピエール・キュリーとその兄のジャック・キュリーによって発見されました。彼らは水晶に圧力を加えると電気が発生する現象を見つけ、圧電効果と名付けました。私が物理学を興味深いと感じる点は、圧電効果があれば「逆」圧電効果もあるということです。つまり、圧電体に圧力を加えると電気が発生する現象があれば、その逆で、圧電体に電気(電場)をかけると圧電体は変形します。これが物理学でいう逆効果と呼ばれるものです。
私は研究室を立ち上げた二〇一七年の年末ごろから、逆圧電効果の研究を始めました。それまで圧電体や圧電効果の研究をやっていたわけではなかったですが、たまたま材料の変形を計測する実験装置を持っていたことから、その装置を利用して逆圧電効果が測れることに気づき、研究を始めました。研究室立ち上げ当初は、お金もなく、がらんと広い実験室に私が一人いるだけです。その状況でとりあえずやれることからやろうと思って始めた研究です。
しかし、いざ逆圧電効果の研究をしようと思っても、もちろんその研究分野にも多くの研究者が既にいて、膨大な研究論文がこれまで発表されています。そのなかで、どうやって新参者が勝負していけばいいでしょうか。考えた末に思い至ったのが、電気を流す圧電体を作ろうということでした。実は、これまでに知られる圧電体は基本的に電気を流さないことが知られていました。物理学では、電気を流さない材料を絶縁体と呼びます。圧電効果は絶縁体でしか生じないことが物理学では知られていました。私は新しい物理的機構を考えることで、電気を流す金属で逆圧電効果を起こすことができないか挑戦してみようと考えたのです。
その目標を達成する鍵は、磁性にありました。磁性とは、磁石を近づけたときに反応する性質のことです。棒磁石に釘がくっつくのは、釘に磁性があるからです。私は磁性をもつ金属材料に注目しました。磁性の重要性は、実は圧電効果の研究の世界では見逃されていました。電気(電界)をかけたときに材料の変形が生じる過程では、一見して材料の磁性が関与する余地がないからです。しかし、物理学では、電気と磁気は密接に関係していることがわかっています。私は物性物理学のなかでも磁性を特に研究してきた専門家であったので、その知識が運よく役に立ちました。
候補として考えた材料を知り合いの研究者にお願いして調達し、研究室にある設備をかき集めて測定装置を組み上げ、実験を行いました。最初は室温でトライしました。ダメです。何も信号が見えません。広い実験室で一人ぼっちで行っている研究です。心が折れて諦めかけましたが、駄目元で温度を下げてみました。液体窒素という非常に低い温度に冷却された窒素を使って、材料の温度を下げてもう一度トライしました。やった、信号がきれいに見えました。ほっとしたのと同時に、とても興奮した瞬間でした。
その後の詳しい実験で、低温でしか目的の現象が観測されなかったのには、材料の電気の流しやすさが関係していることがわかりました。一般に、金属材料は、温度が低い方が電気を流しやすくなります。室温では材料の電気の流しやすさが十分でなかったために、逆圧電効果の信号が小さすぎたのでした。このように電気の流しやすい材料の方が大きな効果が得られたことは、従来知られた圧電効果が電気を流さない絶縁体で起きるのとは逆の傾向です。これは今回見つけた現象が、これまでの圧電効果とは異なる物理的機構をもつことを意味しています。今回発見された現象は、磁性が関係していることから磁気圧電効果(magneto-piezoelectric effect)と呼ばれています。
磁気圧電効果の効率は、従来の圧電効果に匹敵する場合があることが段々と分かってきました。商用の圧電体材料は、非常に高効率である一方で環境や人体に有害な鉛を含むため、代替となる材料の開発が世界で活発に行われています。今回の我々の研究成果は、圧電材料開発の新しい指針を提示します。物理学の観点においても、まだ見つかったばかりの磁気圧電効果は、未解明なことばかりです。現在は学生さんと一緒に磁気圧電効果の研究を継続して進めています。

(相関基礎科学/物理)

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