HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報620号(2020年7月28日)

教養学部報

第620号 外部公開

<時に沿って> 名ばかり理学博士の工学系人間

荻原直希

二〇二〇年四月に相関基礎科学系の無機・錯体化学分野に着任した荻原と申します。京都大学で学生生活(工学系:六年間、理学系:三年間)を過ごした後、東京工業大学で研究員(工学系)を一年間勤め、駒場の地を踏むに至りました。上述の通り私は人生の大半を工学系で過ごした工学系人間でありますが、取得した博士号は"理学"という皮肉の持ち主であります。理学系に在籍したのは博士後期課程の僅か三年間で、その理学畑に足を踏み入れたのも、修士課程の恩師の退官&同分野の第一人者(後の恩師)が理学系にいた、という二つの偶然が重なったためであり、理学を極めたいという確固たる信念を持って進学したというのは後付けの理由でしかありませんでした。
計らずして、名ばかり理学博士となった私ですが、理学系と工学系を渡り歩いてきた中で、両者では対象とする研究領域だけでなく、研究の進め方にも違いがあると気付くようになりました。研究を始める上での重要な過程として、一、頭の中での思考実験、二、実際に手を動かす合成・測定実験、の大きく二つがあると思いますが、理学系と工学系で重視する点が異なると感じました。理学系は前者に重きに置くスタイルで、手を動かす前にまずは頭を使ってしっかり考える、言うなれば、準備を念入りに行って無駄な合成・測定は最小限に抑えるという省エネ型の傾向があると思いました。一方、工学系は後者押しのスタイルで、考えるのは大事だけど、まずは手を動かそう、すなわち、お膳立ては程々にして兎に角、場数を踏もうという体育会系型に近いと感じました。
その一方で、研究で行き詰った時の対処法を考えた場合、両者で省エネ型or体育会系型の傾向が逆転すると気付きました。理学系では、研究が上手くいかない時は、ありとあらゆる方法を試して粘り強く諦めずに頑張るという体育会系に通じるものがあると感じました。その一方で、工学系は意外とあっさりしていて、ある程度頑張ってみて芽が出なさそうなら、思い切ってその研究に見切りを付け、新たなテーマに切り替えようという省エネ型の傾向があると感じました。勿論、これはあくまで私の経験に基づいた主観的なものであり、研究分野や研究室によって事情は異なることは、ご留意下さいますようお願い申し上げます。また研究の進め方は、どちらか良いか等の善し悪しを付けるものではありませんし、これが正解だという一義的な答えがあるものでもありません。研究スタイルは、研究者の数だけ答えがあるものであり、また同一人物であっても、その時々で変わり行く千差万別なものだと思います。
これから日本の最高学府である東京大学、しかも自然科学に限らず幅広い学術領域が交差する教養学部・大学院総合文化研究科で研究活動を行うことができ大変光栄に思います。これまで私が理学系や工学系で培ってきたものを更に発展させた、駒場スタイルでの研究を展開していきたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。

(相関基礎科学/化学)

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