HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報620号(2020年7月28日)

教養学部報

第620号 外部公開

<時に沿って> 駒場という学問の場に戻って

三村太郎

理科一類に入学し、後期課程から教養学部の科学史科学哲学研究室に進んで最終的にその研究室で学位を取得した私にとって、大学生生活とはまさに駒場での生活だった。大学に入学した頃から科学の歴史に関心を持ち始め、自分の興味関心に沿って様々な周辺領域に興味を持ち始めると、駒場は多種多様な専門領域の研究者たちがひしめく学問の場であることに気づいた。科学史への関心の始まりはギリシャ科学への関心だったため、私は古典ギリシャ語やラテン語などの授業に参加するようになった。その結果、次第にアラビア語などのさまざまな言語の習得に関心が芽生え、その関心のおもむくままに、駒場で開講されている古典語文献の講読演習に多数参加するようになった。それゆえ、私にとっての駒場とは、所属研究室はもちろん、それ以外の様々な駒場の先生方や諸先輩方、同年代の学生たちとともに、演習などの機会を通じて多種多様な言語で書かれた文献を読む場となった。古典語で書かれたものならば何でも興味を持つというまさに無秩序な興味関心を持ち続け、その興味関心をはぐくみ続けることができたのも、駒場だからこそ可能だったといえる。このような多様な講読を通じて、最終的に卒業論文のテーマにアラビア語科学文献を扱うことを決めて以降、イスラーム科学史が主たる研究分野となり、学位論文では「なぜギリシャ科学がアッバース朝宮廷で必要となったのか」という問いに取り組んだ。
駒場で学位を取得後、海外の大学で研究員として過ごすことではじめて駒場以外の大学で日々を送ることになった。そこでの身分は学生ではなく研究員だったため、いわゆる学生としての生活を送ることはできなかったとはいえ、自分のやるべき研究対象を見定め、その研究に必要なスキル(私の場合はアラビア語写本の文献学的な分析と校訂法)を身につけるには絶好の場だった。
以上の研究歴を通じて、現在は、イスラーム文化圏での科学史を中心テーマとしつつ、とりわけギリシャ語科学文献のアラビア語訳やアラビア語科学文献のラテン語訳といった翻訳活動が科学史上で果たした役割を研究している。ギリシャ語科学文献がいかにアラビア語に訳されたのか、あるいはアラビア語科学文献がいかにラテン語に訳されたのかを分析することで、より具体的にギリシャ科学の伝播史を描きたいと考えている。このような多言語文献に興味を持ち、曲がりなりにもそれらの文献を扱えるようになったのも、駒場で学生生活を送ったからかもしれない。現在はコロナの影響で、実のところ駒場という場に戻った実感はないが、今後は駒場において様々な興味関心を持つ大学(院)生と交流する機会を持てることを期待している。

(相関基礎科学/哲学・科学史)

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