HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報620号(2020年7月28日)

教養学部報

第620号 外部公開

<時に沿って> 「当たり前」について考える

田中雅大

二〇二〇年四月に総合文化研究科広域科学専攻広域システム科学系の助教に着任した田中雅大です。専門は人文地理学、特に都市社会地理学で、目が見えない・見づらい人々(いわゆる「視覚障害者」)の移動支援について研究しています。長野県で生まれ育ち、金沢大学で四年間、首都大学東京(東京都立大学)の大学院で五年間、名古屋大学でポスドク三年間を過ごし、今に至ります。大学へ進学してからは、だいたい三~五年間隔で本州の真ん中あたりをあっちへ行ったり、こっちへ行ったりしてきました。
今から七年ほど前、大学院修士課程二年生だった私は、研究者になるための登竜門のような制度である日本学術振興会の特別研究員に申請しました。申請書には自分の研究内容はもちろんのこと、「なぜ研究職を志望するのか」も書く必要がありました。当時、私は思いつくまま、次のように書きました。「多くの人にとって『当たり前』と思われるようなことについて、その根拠を納得いくまで考えたい」、「多くの人たちが見過ごしがちな、何気ない日常に潜む問題の背景を考えていきたい」。
この思いは今も変わっていません。私にとって研究者とは、世の中の「当たり前」に向き合う人のことです。私自身は人文地理学者として日常レベルでの移動の「当たり前」さについて考えています。私たちは毎日、大なり小なり移動しています。朝起きたら服を着替えたり、顔を洗ったり、朝食をとったりしますが、そのためにはベッドや布団からクローゼット、洗面所、キッチンといった場所へ移動する必要があります。一通り身支度を済ませたら学校や職場へ向かって移動します。職場や学校の中でも様々な部屋の中と間で移動が生じます。多くの人にとって、何の気なしに実行されることが日常的な移動の「当たり前」です。
しかし、世の中にはこうした日常的な移動に多大な苦労を強いられている人々がいます。その一例が視覚障害者です。私は修士課程の頃に目が不自由な方々と出会い、彼/彼女らの外出移動についていろいろ考えさせられました。家を出てから何かしらの施設にたどり着くまでの間に多くの障壁を越えなければならない。それが視覚障害者の外出移動の「当たり前」になってしまっている。当時そんな思いが脳裏をよぎりました。それから今日に至るまで、視覚障害者の外出移動の「当たり前」はどうすればもっと良いものに変えられるか、そのために地理学者は何ができるか、といったことを考えています。
二〇二〇年六月現在、新型コロナウイルスによって私たちの日常的な移動は「特別」な行為となっています。もはや外を出歩くことは「当たり前」な行為ではありません。逆に考えれば、なぜ今まで私たちは何の気なしに移動できていたのか。今の状況は移動の「当たり前」さを考えるうえでいろいろなヒントを与えてくれそうです。

(広域システム科学/人文地理学)

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