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最終更新日:2021.02.03

教養学部報

第623号 外部公開

東京ALIFEと傀儡神楽

池上高志

三月に渋谷で予定していたALIFE(人工生命)会議は、国内外から研究者とアーティストを集めた、ちょっとした科学とアートの祭典となるはずだった。その招待者の一人、ボーフム大のJohn McCaskillはノーベル化学賞受賞のManfred EigenとPeter Schusterのアイディア袋と言われていた、風貌がちょっとディビッドボーイに似た古き友人である。
Johnと議論しだすといつも二時間三時間すぐたってしまう。彼との議論は、面白い。計算か力学系か、遺伝子をプログラムするには、あるいは化学コンピュータとは、など話が尽きない。非情に論理的な天才肌なのに、ときどき恐ろしいほど抜けている愛すべき人物。だからノーベル賞がもらえないのか。最近は、拡張したLife gameでOEEの計算とかしているようだ。OEEとはOpen-ended evolution、終着地なき進化ダイナミクスのことだ。そのメカニズムとは何か。ALIFEが長年執着してきた問題でもある。
JohnにLife gameとくれば、John Conwayである。彼はLife gameの生みの親でもある天才数学者だ。ALIFEの二〇一四年の国際会議で彼の基調講演があった。生命は決定論的な規則でも、確率的な規則でも、書けないよ。あれは非決定なものなんだ。それが僕のきいたConwayの最後の言葉だった。彼はこのコロナで四月になくなってしまった。
ALIFE会議の話に戻ると、結局三月の会議は九月に順延となった。コロナによる感染者が指数関数的に増え始め、とても海外から人を呼べる状況ではなくなっていたからだ。代わりに無観客でもなにかやろうと、民謡歌い手の西田社中と能楽師の安田登さん、加えて池上研で開発中のアンドロイド・ALITER3を使ってパフォーマンス(傀儡神楽)を開催した。1-2_図1池上寄稿figures2.002.jpeg
傀儡神楽とは、人間の穢れを祓うために神に捧げる舞いだ。安田さんが人形を操り、ALTER3と踊るという趣向。人の動きを模倣するアンドロイドと人の内面を映し出す人形を使った能楽師との共演。音楽に、攻殻機動隊のバトゥーの映画『イノセンス』の音楽、西田社中・女性五名による神楽民謡のバックコーラス、そこに土井樹(うちのポスドクでもある)がつくったノイズ音楽が重なる。渋谷クロッシングを見下ろす高層ビルからの、夜の渋谷のビル街を背景に、アンドロイドと人形の舞いは、なにか鬼気迫るもの、終末感があった。ちょうど次の日からQWS会場は閉鎖され、コロナによる事実上のロックダウンに東京は入っていった。その臨界的な区切りの日であった。                図1 傀儡神楽者
パフォーマンスの後で安田さんや茂木健一郎、鈴木健と対談をしたが、通常の舞台は観客がいる。今晩コロナの下、傀儡神楽の舞台は無観客の舞いだった。では、この宇宙における僕らの舞台の観測者はだれなんだ、そんなことを茂木が言っていて、それが後々何度も思い起こされた。
そこからの六ヶ月。生活も大きく変化した。
四月は慣れないオンラインで動揺しながらも講義が始まり、五月には、部屋を整理し、読んでいなかった本を読み、書いてなかった本や論文を書き始めた。オンラインもいいのかもしれない、という雰囲気が漂っていた。それはそろそろ終わるという期待がどこかにあったからなのだろう。六月に入り梅雨が始まり、長雨でなかなか青空が戻ってこない。なにか陰鬱な雰囲気が流れ始めていた。七月に入って、チャレンジングとしかいいようがないオンラインでの定期試験と大学院入試。受験も試験監督も、かなり疲弊した。
七月も終わりになって遅い夏が来たと思ったら、各地で最高気温の記録を塗り替える灼熱の夏となり、そしていきなり秋になった。七月にあったモントリオールでのALIFE国際会議は全部オンラインで開催された。このモントリオールの会議は、不安をよそに非常に素晴らしいものとなった。雑談する部屋、議論の進め方、オンラインのポスター・セッション。問題は時差だけである。アーカイブされたものを研究室で議論しながらみんなで見るのは新しい体験だった。その会議の中日に、日本時間の朝六時ぐらいか、なんとなくオンライン部屋を覗いてみた。まだトークも始まっていなかったが、しばらくすると人がやってきた。それは確かに偶然に街で人に会う感じだった。五、六名集まってきて、プログラム言語の話になり、いろいろと話は盛り上がり、親しくなった。
1-2_図2池上寄稿figures.002.jpeg
九月に順延となった三月のALIFEの会議はzoomによる五~六名の対談と、自分を含めて何人かが現場でファシリテートする形式とした。それを収録し、後日編集・配信することとした。zoomなどの仮想空間越しの会話には新しい時間の流れがある。世界中のいろいろなセミナーに期せずして参加でき、国際交流は活発となった面もあるが、時差の問題は深刻だ。日本のタイムゾーン(JST)は、アメリカからもヨーロッパからも厳しいところにある。日本の夕方はアメリカの夜、ヨーロッパの早朝。そこで予め、メッセージをもらい、それを交えての会議            図2 東京ALIFE風景          となった。会議には、テーマが四つあり、AIからALIFE、Artから生まれる生命、Realityの再構成、共生という生命の視点、である。スピーカーは、David Ha、茂木健一郎、谷淳、渋谷慶一郎、コムアイ、宇川直宏、David OReilly、安田登、川田十夢、鈴木健などなど(以上敬称略)他にも廣瀬通孝、市橋伯一ら東京大の教授、にも参加してもらって、期待以上のものとなった。この会をサポートしてくれた(株)ミューやKIRINZI(株)に感謝してもしきれない。冒頭に出てきたJohn McCaskillは結局呼べずじまいなので、懲りずに東京ALIFEの会議はまた開催してみたいと思っている。
これを書いている今、コロナはまだまだ止みそうにはない。北海道で一〇〇名を超える感染者が出たという。コロナのもとでの新しい会議のやり方、議論の進め方、講義の仕方、それを模索しつつも、来年にはイタリアの友達に会いに行きたいと思っている自分がいる。

(広域システム科学/物理)




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