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最終更新日:2021.02.03

教養学部報

第623号 外部公開

<駒場をあとに> 中途半端な三十余年

伊藤たかね

一九八六年(平成元年)に着任したので、駒場で教えて三十年を超えたことになる。大学教員の業務は、研究、教育、学内行政の三つの領域に分かれると言われるが、そのいずれにおいても、駒場にいなければできなかったであろう多くの経験をさせていただいた。色々な意味で中途半端だったなぁ、と思いつつ、それでもなんとか無事に定年を迎えられることに、改めて感謝の思いを強くしている。教職員の皆さんには別にお礼を申し上げる機会もあるかと思うので、学部報ではおもに学生の皆さんに向けて退職の思いを記したい。
もともと、教員に向いていないと思ういくつもの欠点がある。人の顔を覚えるのが苦手(これは、教員としては致命的なマイナスである)。声が通らない(これはマイクがあればなんとかなる)。この記事の署名でわかるように、まともな字を書けない(以前は学生の英作文やレポート、論文へのコメントはすべて手書きだったので、読めない!と言われることも多かったが、最近は文書ファイルやITC─LMSのコメント機能を使うのでその心配がなくなったし、パソコン画面をスクリーンに出すことで黒板を使わなくても授業ができるようになった)。人の前で話すのが大の苦手(それなら、なんでこの職業を選んだのか.........)。そんな中途半端な教員が、それでも教えることを楽しく思ってこの仕事を続けてこられたのは、何といっても学生の皆さんのおかげである。(三つの領域で様々な経験をしたと最初に述べたが、もちろん楽しいことばかりだったわけではない。大学教師といえども、やりたくない仕事も様々にふりかかってくるのである。しかし、幸いなことに、教えることに関わる仕事をやりたくないと思ったことは、一度もなかった。)
教室にいて何が楽しいかといえば、学生が、おそらくはそれまで考えたこともなかったようなことに気づき、驚き、得心する、というその反応を見る瞬間が、教師冥利に尽きる。英語の授業でも、専門の言語学の授業でも、それは変わらない。え、これまで私が知っている・わかっている・当然だと思ってきたことは一体なんだったの? という思いを学生がもってくれれば、その経験は必ず将来に生きると信じている。自分の「当たり前」を疑うことは、少し大げさにいえば、他者理解の礎を築くと思うからである。学生の発言で、こちらが自分の前提を疑うに至ることも多く、これもまた教師冥利というものである。
自分の「当たり前」を疑うという意味では、マイノリティの立場に身を置くことが良い経験になる。周囲が自分とは異なる「当たり前」で動くのを経験すれば、自ずと自分の「当たり前」を相対化できる。考えてみると、私は東大ではずっと少数派だったのかもしれない。一九七四年に文科三類に入学したが、地方の公立高校出身の女子学生という少数派であった。本郷の英文科に進学し、そこで、それまで好きで得意だと思っていた英文法の概念を覆す生成文法という学問に出会い、自分の「知っているはずのこと」を疑う経験を重ねつつ言語学にのめりこんだ。この専門の選択のために、英文科では学部・大学院を通じて少数派となった。英語を教える立場になったときも、当時は大学で英語を教えるのは英米文学の研究者であるのがほとんど当然で、女性であることに加えて専門でも少数派であった。留学や研修で海外に出た時にも、もちろん少数派の経験をした。
長いものには巻かれる弱い性質の持ち主なので、この少数派経験をうまく生かしているとは言い難いのだが(ここでも、自分を中途半端だと思う)、だからこそ、自分が多数派であったなら、異なる立場があることに気づかないまま「長いもの」の側に回っていたであろうと考えると恐ろしくなる。女性であること、地方で育ったことを本当に幸運だと思う。高校生の頃に、「もう一度生まれてくるとしたら、男女のどちらが良いか」という質問がはやったことがあり、当時は絶対に「男」だと思っていたのだが、教職についた頃には、断じて「女」だと思うようになっていた。「不幸」にして多数派の王道で東大生となった学生さんがこの記事を読んでおられたら、ぜひ、そこに安住せずに異なる環境に身を置いてみてほしい。
さて、中途半端な教員の三十余年は長かったかというと、そういう実感はない。この間に、英語部会は何度も大きなカリキュラム改革を行い、その度に自分の教え方を問い直す機会を与えられた。(特に、その発足と運営に深く関わった初代「英語Ⅰ」では実に多くのことを学んだ。)教室での学生の反応からも多くを教わった。専門教育では、多くの優秀な学生から刺激を受け続けた。退屈などする暇のない、自分の常識を疑い続けられる年月であったことを心から感謝している。自分の「当たり前」の見直しを迫るリベラルアーツの場としての駒場が、今後もさらに学生のみなさんの将来を豊かにし続けていくことを願っている。

(言語情報科学/英語)

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