HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報623号(2020年12月 1日)

教養学部報

第623号 外部公開

<時に沿って> 私のバックミラー

吉本 郁

この秋、国際社会科学専攻に専任講師として着任しました。グローバル化の中で、「国内の規制や統治のあり方が国境を越えて共有される問題になりうる」ということ、また、それに対応する国際的な枠組みの背後にある政治的なダイナミズムに興味を持ち、金融規制や開発援助などについて学んできました。
私の専門である国際政治経済学の学際性を考えても、政治学だけでなく法学・経済学を含めた諸分野の先生方から身近にアドバイスを得られる駒場に職を得られたことは本当に幸せです。私は学部・修士も駒場で終えましたが、国際法で卒論を書き、その時ご指導下さった、先年亡くなられた小寺先生が「君の本当の関心は政治学にあるんじゃないか」と分野を移ることを後押しして下さり、「でも、使う筋肉が違うから、気をつけないと肉離れを起こすよ」と笑いながら付け加えられたのを思い出します。その言葉は間違いではなかったと幾度も痛感してきていますが、その経験をポジティヴな形で学生の皆さんに伝えていければと思います。
この分野はまた、個人から世界まで多くのレベルを横断する学問であり、また、個々人のエピソードや経験に鈍感ではいられません。昨年までのアメリカ・オハイオ州立大学での留学生活を振り返っても、実は自分が専攻する学問が対象としているものの只中に生きていたのだな、ということを強く思います。
オハイオ州、特に私のいた州都コロンバスは、人口構成などの点からアメリカの平均に比較的近いということでファーストフードのテストマーケティングなども行われるという、いわば「一番アメリカらしい街」の一つでした。原稿執筆の時点では、ケネディ以来オハイオ州を落として当選した大統領はおらず、私も滞在中にその「激戦州」としての姿を目の当たりにしました。
そんなコロンバスの空港で、最初に目に入ったのはホンダのブースでした。八〇~九〇年代の日米貿易摩擦の時代に、中西部では日本の製造業界からの直接投資が多くなされ、その多くが今も定着しています。逆に言えば、この地域がそのような舞台となった背景には製造業・重工業の凋落があり、「ラストベルト」(錆びた地帯)とも言われる所以です。
一方で、オハイオ州の中で見るとコロンバスはアイデンティティの多様な若い世代が流入してきている街でもあり、六月には「プライド・パレード」が大々的に開かれるなど、「変わろうとするアメリカ」も見られます。社会の理想をめぐって様々な立場がせめぎ合う只中に、一人のマイノリティとしていたことは、やはり貴重な経験でした。例えば、カテゴリーとしてみれば共和党の「票田」とされる敬虔なクリスチャンたちが、この政治状況でどう行動することが倫理的なのか?と悩み、ぶつかり合っていた様も目に焼き付いています。
今後、グローバル化の政治的帰結について研究し、教える際、このような自分の経験もその一部だと意識することで、客観的に向き合い、分析するモチベーションも湧いてくる気がしています。それは一筋縄ではいかないかもしれませんが、学生の皆さんとともに、悩んでいきたいと思います。

(国際社会科学/国際関係)

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