HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報625号(2021年2月 1日)

教養学部報

第625号 外部公開

<時に沿って> 鳥のDNAは「三密」を回避していた?

宇野好宣

image10_1.jpg 「キミの研究対象の動物種はコロコロ変わるよね」
 これは、私、二〇二〇年十月に大学院総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系の助教として着任した宇野好宣が、知り合いの研究者に言われた言葉である。多くの生物学者は非常に長い間一つの実験生物を使用しており、引退するまで生涯たった一つの生物種のみしか扱ってこなかった先人の研究者もめずらしくない。しかし私は、北海道大学理学部の学部四年生から研究の世界に入って以来、魚類メダカ、爬虫類ヘビ、そして哺乳類ハムスターなど、多岐にわたる生物を解析対象としてきた。ジンベエザメの血液サンプルを少し分けていただくため、このサメの健康診断用に月に一回の採血を実施している美ら海水族館や大阪の海遊館に通ったり、鳥の生体サンプル確保のために動物園を訪れ、許可を得た上で檻の中に落ちている新鮮な羽毛を拾わせていただいたりもした。また、東大駒場キャンパスの「レジェントな研究者」である浅島誠先生と共同研究をさせていただき、アフリカツメガエルというカエルも使ったこともある。ここまで多岐にわたる動物を扱っている研究者は珍しいと思う。しかし、私を魅了し続けてきた研究対象は一つである。それは我々やこれらの動物種がもつ、「染色体のカタチと数の違い」だ。
 「私たちヒトは46本の染色体をもっている」、これは中学や高校の生物の授業でも習うことである。しかし同じ背骨をもつ脊椎動物でも染色体の数やカタチは大きく異なっている。ヒトは46本であるが、ジンベエザメは102本、ニワトリは78本、ワラビー(私の写真、横に写っているカンガルーの仲間)は16本しか染色体をもっていない。染色体のカタチについても、ヒトの場合、一番小さい染色体は一番長い染色体の5分の1程度であり、ほとんどの染色体は「どんぐりの背比べ」である。しかしニワトリなどの鳥では、すべての染色体(70から80本)のうち、60本程度のほとんどの染色体は、ヒトの一番小さい染色体よりはるかに小さいのである。
 染色体は言わば、「DNAや遺伝子を運ぶ乗り物」である。修学旅行に行く高校生と先生を「DNA」に、移動交通手段を「染色体」に例えるのであれば、ヒトが大型バス5台と小型バス3台を使用している一方で、ニワトリなどの鳥は大型バスと小型バス2台ずつだけでなく、一部の生徒を先生の自家用車やタクシー10数台に乗せているようなものである。現在のコロナ禍のように、「三密」を防ぐためであれば素晴らしいと評価されるべきなのだが、もちろん鳥のDNAはそんなことを想定していたわけではない。多種多様な研究分野の研究者の方々がいらっしゃるこの東大駒場キャンパスで、これからも多種多様な動物を用いて、それぞれの生物種が独自にもつゲノムや染色体、DNAの進化学的な面白さを学生に伝えられるような研究・教育活動に精進していこうと思っている。

(生命環境科学/生物)

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