HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報625号(2021年2月 1日)

教養学部報

第625号 外部公開

<時に沿って> 環の世界の階層の探求

伊山 修

 十月に名古屋大学から異動しました伊山修と申します。よろしくお願いいたします。札幌で生まれ育ち、京都大学で学位取得後、兵庫県立大学に三年半、名古屋大学に十五年ほど在籍しました。これまで都会の喧騒とはあまり縁が無かっただけに、新鮮な心持ちです。現在はコロナ禍のため名古屋に居住しておりますが、一日も早く新しい街で仕事できることを心待ちにしています。
 代数学、特に環の理論を中心に研究を行っています。環とは整数や実数、複素数のように加法、減法と乗法のできる集合のことで、他にも行列の全体、多項式の全体、関数の全体など環には様々なものがあります。これまで環の世界の階層をより良く理解することを目指して研究を続けてきました。
 実数や複素数のように、除法のできる環を体と呼びますが、体は環の中で最も簡単なクラスです。線形代数では体に対してベクトル空間を考えますが、同様に環に対しては加群というものを考えます。通常、環は多くの加群を持ち、その全体を理解することは容易ではありません。そのため適切な意味で有限な環を調べます。有限の意味は状況に応じて様々ですが、その一つに有限表現型があります。例えば体上の加群は基底を持ちますが、これは全ての加群が一次元ベクトル空間から(直和として)構成されることを意味します。このように加群を構成する最小単位を有限個しか持たない環のことを有限表現型と呼びます。
 点と辺からなる構造をグラフと呼びますが、辺が向きを持っている場合には箙(quiver)と呼びます。箙からは道代数と呼ばれる環が構成されます。Gabrielは七〇年代末に、箙の道代数が有限表現型であることと、箙がディンキン図形と呼ばれる特別なグラフに向きをつけて得られることが同値であることを発見しました。ディンキン図形は、数学の様々な分類に現れる普遍的な構造です。この発見を契機として箙の重要性が広く認知されました。
 一方、環の大きさや複雑性を測る不変量として、次元と呼ばれるものがあります。箙は大域次元が1、Krull次元が0(サイクルを持たない場合)の特別な環なのですが、より一般の環に対しても有限表現型の分類を問うことは自然な問題で、様々な結果が知られています。私は、このような素朴な問いにより良い答えを与えること、そしてそれによって環の世界地図の範囲を拡大することを目指して研究を進めてきました。
 コロナ禍の前は、海外への渡航が年に数回ありましたが、それが無くなって数ヶ月が経過しました。現在は、セミナー聴講や研究上の議論もオンラインで行うことが普通になり、毎日手軽に国内外の講演を聴講できるようになりました。二年に一度、開かれていた環論の国際研究集会ICRAも十一月にオンラインで開催されました。確かに便利なのですが、渡航のために国際便に乗って雲の上で過ごす時間が、研究の見晴らしも良くなる気がして、私にはお気に入りでした。対面での共同研究も待ち遠しいです。

(数理科学研究科)

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