HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報625号(2021年2月 1日)

教養学部報

第625号 外部公開

<駒場をあとに> 駒場キャンパスと自然環境

伊藤元己

 駒場に着任したのは平成十二年(二〇〇〇年)四月であり、もう二十年以上も前の事です。いつの間にそんなに時間が経ったのかと思うほど、あっという間でした。学部前期課程、後期課程、大学院という駒場特有の三層構造に加え、理学系研究科の兼担や学会業務など、講義や会議にとられる時間が多く、特に教授に昇進してからはその割合が増えて大変でした。それでも、研究を進めるために海外調査にはほぼ毎年出かけることができていて、周りにご迷惑をおかけしていたことと思います。
 私の専門分野が多様性生物学であることもあり、駒場キャンパスの植物相や昆虫相の調査を野外実習として学生や研究室メンバーと調査をしてきました。これらの調査で採集した標本は、私が駒場自然科学博物館館長でもあることから、駒場博物館に収めてあります。調査の結果、駒場キャンパスは23区内においては結構生物多様性の高い場所である事がわかってきました。これは、近隣に駒場野公園や駒場公園といった比較的広い森林があると共に、駒場の諸先輩方から引き継がれている駒場の緑を大切にする姿勢のおかげだと思います。この十年ほどはキャンパス内の木々の痛みが目立ってきており、桜の老木化や台風などでの倒木が深刻です。まだまだ手を入れないといけないことが多く残っているのに定年で駒場キャンパスを離れないといけないのが心残りです。
 駒場キャンパスが自然豊かな一例としてカメムシの新種のお話をいたします。私は植物が専門ですが、Global Biodiversity Informa­tion Facility(GBIF)の日本ノードの仕事として日本の生物情報を収集して発信するというプロジェクトに携わっている事から、長期に渡り昆虫分類学者に博士研究員(ポスドク)として働いてもらっていました。歴代のポスドクに、東京大学のキャンパスから新種を発見して論文として発表して欲しいとお願いしたのですが、なかなか実現しませんでした。実は、小型の昆虫や無脊椎動物は、駒場のような都会でもまだまだ未記載種が結構いるのです。蛾類や甲虫類を専門としているポスドク達は、「やろうと思えば新種は見つかるだろうけど面倒くさい」と思っていたようですが、しばらくしてカメムシ類を専門としているポスドクが二〇一三年についに願いを叶えてくれました。エドクロツヤチビカスミカメという名前が付けられたカメムシで、発見場所はなんと3号館の私の研究室の目の前に植わっているアカメガシワからです。学名は駒場にちなんでSejanus komabanusと命名されました。駒場キャンパスのカメムシ相はほぼ完璧に調査が終わり、全部で一一四種が見つかりました。これは明治神宮の種数を上回り、皇居の一二七種に迫る数です。このことからも駒場キャンパスが良好な自然環境を保っている事がわかります。
 定年まで後一年半となり、研究面でも一区切りつけるのにがんばろうとしていた矢先、一昨年の十月に急性心筋梗塞で倒れ、三月末まで五ヶ月ほど大学を休むことになってしまいました。おりしもコロナ渦で感染者数が増加して緊急事態宣言がだされる事態になり、結果、一年ほどほとんど何もできない状況になってしまいました。まだ体力的にも元には戻っていないので、今は残りの時間はあまり焦らずにやろうと思っているところです。駒場の先生方は多忙なので過労気味の方が多く、私だけでなく周りにも脳梗塞や心筋梗塞などで倒れられた先生が結構居ますので、自分の体をお気遣いながら駒場の発展にご尽力下さい。

(広域システム科学/生物)

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