HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報625号(2021年2月 1日)

教養学部報

第625号 外部公開

<送る言葉> 駒場を去る伊藤先生からのメッセージ

吉田丈人

 伊藤先生、二十年以上に渡る駒場でのお勤め、大変お疲れさまでした。ご退職、おめでとうございます。一昨年の秋に倒れられた時には大変心配しましたが、退院されて回復に向かわれる姿を拝見したときは、とても安堵しました。ご家族・ご親族の皆様や伊藤研究室のメンバーはじめ多くの学内関係者だけでなく、代表をされている研究プロジェクトや役員を務められている学会など多くの関係者が、同じ気持ちだったと思います。思い起こせば、たいへん疲れたご様子を拝見したことは、これまで何度もありました。退職を間近にしてそれが大事に至ることになるのは、もしかしたら予見できていたのかもしれません。持続可能な働き方を忘れていないかと、私たちに身を持って教えてくださったように思います。駒場は忙しい職場です。しかし、忙しさが限度を超えて健康や生活に影響するようでは、駒場の将来を担ってくれる人はいなくなります。現役を続ける私には、健康で心豊かな生活を送りつつ駒場の仕事に取り組むことが必要だと、きわめて当たり前に聞こえることの大事さを、改めて考えさせられる出来事でした。
 伊藤先生の研究は、もともと専門にされていた植物の系統学・分類学に始まり、昆虫などの動物も含めた多様な生物群の進化学・生態学に発展してきました。生物多様性情報学という近年急速に発展している分野の日本における第一人者とも言えます。数多くの研究業績を紹介することはここではできませんが、生物多様性情報学の発展に貢献されるとともに、多くの優秀な人材を育てられたことに、大きな敬意を表したく思います。その一方で、この紙面に書かれているように、多くの人々が気づかないような小さな虫にも、温かい眼差しを向けてこられました。名前がまだない虫に新しく名前をつけるということは、その虫が地球の生物多様性を構成する一員として広く認識されるということです。生物多様性の危機が叫ばれはじめてからずいぶんと時間が経ちますが、生物多様性の損失は一向に止まることがなく、悪化の一途を進んでいます。二〇二一年は、二〇一〇年に日本での締約国会議で合意された生物多様性条約の世界目標が十分に達成できなかったことを受け、二〇三〇年に向けての新しい世界目標の合意が予定されています(コロナ禍のため二〇二〇年から予定が遅れています)。新しい世界目標が今度こそ達成されるためには、広く社会全体の転換が必要になると言われています。そのとき、名もない小さな虫に向ける眼差しが大事だと、伊藤先生がこの紙面に書かれた記事は、静かに私たちに訴えています。退職はされてもご自分の研究を続けていかれると思いますが、どうぞお元気でいてください。

(広域システム科学/生物)

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