HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報625号(2021年2月 1日)

教養学部報

第625号 外部公開

<駒場をあとに> 「繋ぐ」ことで見る、識る、創る

村田昌之

 東大・駒場の教養学部へ転任が決まったことが電話で知らされたのは、十月中旬のある晴れた昼時だった。私は、愛知県岡崎市にある(当時の)岡崎国立共同研究機構・生理学研究所の一階の広い居室で一人昼食を取ろうとしていた。「東京行き」には期待もあったが不安も大きかった。京大・理学部・生物物理学教室で身に付いた個人ベースで、職住近接で時間を無視した研究環境に支えられたサイエンスは、岡崎に移って少しは改善されたものの、それが東大・駒場の真面目な風土(そう信じていた)で通じないだろうことは、世間知らずの私でも簡単に予想ができた。また不得手なことをすることになる、と思った。
 最新の生命科学は、ヘテロさとの勝負である。生命科学で汎用される技術である生化学は、細胞集団をごっそり取ってきて細胞構造を破壊して得られる抽出液をもとに、そのヘテロ性を無視しながら網羅的で定量的な「平均化された」分子情報を得る。しかし、細胞構造の破壊を伴う生化学的解析は分子情報として重要な「局在という形態情報」を損なうことになる。一方、タンパク質の機能に重要な形態情報を単一細胞レベルで抽出できるのが細胞生物学である。そこでは、細胞形態や構造を保持した形で光学顕微鏡システムを武器に、ヘテロな細胞集団内の特定の細胞のタンパク質の「量、質、局在」情報を抽出できる。生化学や分子生物学から得られた膨大な分子情報を、細胞生物学が得意とする形態情報と「繋げる」ことで、次々と生まれてくる生命科学の諸問題に汎用的に対処できる新しい解析法がつくれるのではないか。こんな無謀なミッションを掲げて、具体的戦略も持たないまま東大の教授生活をスタートさせた。
 この無謀さを支えていたのは、前任地である生理学研究所で私のグループが構築した「セミインタクト細胞解析法」であった。これは、細胞膜をタンパク質毒素で透過性にして細胞質を流出させ、代わりに他の細胞や組織から調製した「細胞質」で置き換える技術である。セミインタクト細胞系をデジタルイメージング技術とカップルさせることで、単一細胞内で生起するオルガネラ形態や分子の局在変化(形態情報)とそれを制御する化学反応(分子情報)を定量化できる。これが、形態情報と分子情報を「繋ぐ」ための私の構築した最初の解析法だった。この解析法は「リシール細胞技術」に深化して、創薬分野に「病態モデル細胞」を提供している。
 予想もしなかったが、形態と分子情報を「繋ぐ」プロジェクト推進は、創薬・細胞医薬分野における社会的要請が強い後押しとなった。生命現象や疾患の原因となる分子機序を解明するには、遺伝子やタンパク質の「量」的変化だけでなく、単一細胞内の「局在や修飾状態」変化の定量化の重要性が認識され始めたのである。社会的要請は、技術や知識だけでなくそれを使う人たちを一気に突き動かす。細胞染色画像の「定量化された形態と分子情報」を、世界初の「共変動ネットワーク」として「繋いだ」のは、生物学、数理統計学、制御工学、バイオインフォマティクスなどの多彩なバックグラウンドを持つ多くの研究者や技術者達である。そこでは私の研究室メンバー(野口誉之助教、加納ふみ前助教(現:東工大・准教授)、院生・特任助教や技術補佐員)と企業(光学顕微鏡メーカーや創薬企業)の研究員が、異なる価値観をぶつけ合う様子を見たし、そこで発する熱がじわりじわりと物事を進める経験もした。今では、形態―分子情報を繋ぐ技術は、「マルチスケール解析」と呼ばれ、定量化された多様な分子情報群(多階層オミックス情報)と繋ぐ試みが、バイオインフォマティクスやAI創薬技術の力を借りて進んでいる。そして、細胞から得られた形態―分子情報を、患者さんの様々な個別化情報と繋げる試みも臨床系研究者や病理研究者の方々の協力を得ながら進み始めている。
 「形態情報」と「分子情報」を繋いで社会実装するプロジェクトはようやく「カタチ」になってきた。戦略もなく飛び込んだ東大での研究テーマは、大成する研究者の多くが持つ的を射る様な具体性もなく、不要な研究テーマを切り捨てる度胸もない実にあやふやなものだった。私はただ、時々刻々と現れてくる多種多様な問題をクリアするために奮闘していただけだったのだと思う。そのためには、平気で他分野の研究領域に土足で入っていくことも多かったと思う。時間もかかった。アンケートに専門分野を書くことが特に辛かった。ただ、基礎生命科学者として創薬・細胞医薬への支援技術を開発したかった。それは研究を続けるための方便としてではなく、本当にそれができると信じていた。マルチスケール解析は、色々な既存の最新要素技術をintegrateして構築された解析システムである。今後、この解析システムは、ますます多様な情報と繋がることでいろいろな「カタチ」に進化・深化して行くと思う。結局、私が作ってきたシステムは、従来の創薬戦略が決して採用しない「リベラルアート的な創薬戦略」ではないか?と思った。定年の年にこれに気がついたとたん、東大へ来て良かったとしみじみ思った。さて、次はこの駒場発の創薬・細胞医薬支援システムをひっさげて社会に打って出ることになりそうである。また不得手なことをすることになる、と思った。

(生命環境科学/化学)

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