HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報625号(2021年2月 1日)

教養学部報

第625号 外部公開

<送る言葉> 村田先生ありがとうございました

佐藤守俊

 私が初めて村田昌之先生と会ったのは、私の駒場での採用がかかった人事面接だった。会議室に居並ぶ先生方との質疑応答が終盤に差し掛かったとき、一番後ろの席から村田先生の質問が飛んできた。その質問は、当然の如く、核心を突いたものだったが、同時に、様々なアイディアが噴き出してくるような示唆に富んだものであった。駒場にこんなに素晴らしい先生がいるのかと、駒場への思いをさらに深めたことを今でも思い出す。サイエンス面での鋭さとは裏腹に、村田先生は非常に柔和で、私のような後輩にも常に丁寧に接してくださる。村田先生のファンは多い。つい先日も、村田先生の雰囲気が好きで統合自然科学科に進学したとの学生の声を聞いた。
 村田先生は、京都大学の生物物理学教室で博士号を取得したのち、同教室の大西俊一先生の研究室で助手(現在の助教)としてキャリアをスタートさせた。駒場に着任するまでの間、脂質ラフトと呼ばれる細胞膜上の構造を提唱したドイツのカイ・シモンズ先生、細胞内の小胞輸送を解明したアメリカのランディ・シェックマン先生(二〇一三年ノーベル生理学・医学賞)の研究室に留学し薫陶を受けた。国内でも、月田承一郎先生、永山國昭先生、西田栄介先生、永井良三先生といった傑出した研究者と共に研究し、大隅良典先生が東京工業大学で細胞制御工学研究センターを設立した際には、細胞編集を掲げて特任教授を務めた。
 村田先生といえば「セミインタクト細胞」が代名詞である。ストレプトリジンOという溶血連鎖球菌の毒素で細胞を処理すると、細胞膜に小さな孔が開く。村田先生は二〇〇〇年、この孔を通じて様々なタンパク質を細胞に入れたり細胞から出したりできることを発見した。驚くべきことに、細胞質の構成成分を丸ごと別の細胞の細胞質(例えば、病気の細胞の細胞質)の構成成分と入れ替えることも可能である。しかも、高濃度のカルシウムイオンを含む水溶液を滴下すると、細胞膜の孔をふさいで元に戻すこともできる。村田先生の革新的な技術により、生命現象や疾患のメカニズムを定量的に解析したり、従来にない薬の評価系を構築できるようになった。さらに最近では、駒場初の社会連携講座を設立して「マルチスケール解析」という新たな細胞解析技術の開発に成功している。
 この原稿を書くにあたり、村田先生に色々な話を伺った。若かりし頃の思い出話から最新の研究の話まで。ただ、印象的だったのは、いま定年を迎えなくてはならないことに悔しさをにじませる言葉の数々。それもそのはず。セミインタクト細胞は、開発から二十年を経て、マルチスケール解析と共にようやく創薬支援技術として完成の域に達し、今まさに社会実装を目指した本格的な研究が始まろうとしている。しかも、村田先生の構想は創薬支援にとどまらない。新しいコンセプトの細胞医薬を開発するために、様々な技術やアイディアを持つ大学や企業の研究者を結集して、世界初の「細胞デザイン拠点」を立ち上げようとしている。いつまでも挑戦を続ける村田先生の一言一言に、背筋がピンと伸びる思いがした。

(生命環境科学/化学)

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