HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報625号(2021年2月 1日)

教養学部報

第625号 外部公開

<駒場をあとに> 共に学んだ29年 ─開かれた学びの場への想いをこめて

エリス俊子

image7_1.jpg 私は駒場が好きだったんだなと思う。私に研究のおもしろさを教えてくれたところ、さまざまな出会いの場所。大学院時代をすごし、その後、海外の大学で日本文学の講師をして、教員として戻ることになって二九年。三十代から六十代の年月は飛ぶように過ぎた。教室の後ろの隅っこの席にそっと座ることが心地よかった私にとって、慣れ親しんだ教室の、前のドアから入ることの違和感は今でも覚えている。だんだんと神経が図太くなり、声も大きくなったが、授業が始まる前の緊張感からはついに解放されることがなかった。私に教えられるのかしらと思いながら、ときに学生たちに教わり、励まされ、授業を通して私も学び、鍛えられた。彼ら・彼女らはもう十分に大人なのだから、人間として対等に接するようにしようといつも考えていた。ほんのちょっと持っている知識を共有すれば、必ず手応えのある反応がかえってくる。それが前期課程の語学であれ、後期課程の専門科目であれ、あるいは大学院のゼミであれ、変わりはない。大学院になれば私は司会進行役の舵取りのようなもので、素材を提供して問題提起すれば自然に議論が進む。学生の発言を聞き、反応し、反響板となり、そして学生たちは自ずと育ってくれた。卒業生たちが素晴らしい研究を実らせて、国内外で活躍してくれているのは本当に嬉しい。学生主導で始まったゼミ研究会も活発につづいており、学内業務の負荷が大きくなるにつれて、学生主導の研究会は文字通り私にとって潤いの場所、オアシスとなった。今もつづいており、オンラインになったことが幸いして海外で研究に従事している学生や研究者も参加してくれている。先日は国内各地のほか、香港、ライデン、パリ、バンクーバーからの参加者もいた。卒業生たち、これから巣立って行こうとする人たち、(元)学生のみなさん、ありがとう。
 大好きな駒場に戻ってきたのだからこのキャンパスでの教育活動に貢献できることはなんでもやりたいという思いに突き動かされてすごした年月だった。私が着任したのは部局化への移行が大詰めを迎えていたときで、すぐにかかわることになったのが英語Ⅰ列の大改革だった。現在は「教養英語」として定着しているが、統一英語教材を用いる「英語Ⅰ」が最初の教科書を出したのが一九九三年である。ブレーンとなる人たちがいて、私は手足役だったが、数えれば総計七年間を「英語Ⅰ部屋」ですごした。
 これとほぼ同時期に始まったのが、駒場の「グローバル化」にかかわる新制度の導入である。後にAIKOMと名付けられることになる短期交換留学制度の構想が浮上し、その準備委員会に入ったのが「事の発端」だった。世界各地から留学生を受け入れ、駒場の後期課程生を海外に派遣するプログラムを作ること。そのために教養後期課程に日本研究関連科目を中心とした英語のカリキュラムを設置・運営し、一年間滞在する留学生が駒場で学ぶための仕組みや生活支援の制度を整備すること。ここでも私は手足役だったが、以来、昨年サバティカルで海外に出るまで、産休期間を除いて、駒場及び全学の「グローバル化」関連事業にかかわりつづけることになった。「エフォート率」でいうと八〇パーセントは優に超えていたと思う。一九九五年に初めての交換留学生を迎えて以来、AIKOMプログラムのもとで受け入れた交換留学生は五三二名、協定校に派遣された学生は四五五名、他にチューターや授業参加を通して多数の在学生が留学生と経験を共にした(AIKOMプログラムの立ち上げとその後の展開については『駒場の七〇年』に書かせていただいた)。USTEP全学交換留学プログラムが始まりAIKOMはこれに統合されることになるが、その後も駒場で育ててきた「グローバルに/共に学ぶ」伝統を継続したく、学融合グローバルスタディーズ(GS)とGlobal Studies in Asia(GSA)を作ることになった。総合的教育改革のグローバル化担当として、前期課程の「国際研修」、後期課程の学融合グローバルスタディーズの設置にかかわったが、まだ道半ばである。今はPEAKもあり、GSI構想のもとでさらに豊かな教育・研究環境が整いつつあるが、前期から後期を通して、学生たちが多様なバックグラウンドを持つ仲間と共に日常をすごし、共に学び、開かれた眼を養うことができるよう─もちろん海外からの仲間に限るものではない─そしてグローバルな意識を培って元気よく羽ばたいていってくれることを切に願っている。自身の研究と直接つながらないこともあって「グローバル教育」にかかわる担当教員の過重負担の問題は積年の課題であるが、グローバリゼーションオフィスをはじめとして様々な支援体制もできたし、そして何よりもその後の卒業生の活躍する姿を見ると努力は十分に報われるものだと感じている。教養学部の良き伝統あってこその多彩で骨太の国際教育だが、先行きの見えない現代にあってその重要性はさらに増していると思う。次世代の教員に託したい熱い想いがある。
 最後に、同僚の教職員の皆さま、ありがとうございました。英語部会と言語情報科学専攻の一員としてすごした年月への思いは尽きることがありません。これからはもっと研究の話がしたいですね...サバティカルをいただいてようやく日本近代詩の本を書きはじめました。そして委員会でご一緒した多分野の先生方(これも駒場だからこそ)、またいつも快く、根気よくサポートしてくださった事務の方々、本当にお世話になりました。

(言語情報科学/英語)

第625号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報