HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報626号(2021年4月 1日)

教養学部報

第626号 外部公開

ようこそ、対話の海へ

総長 藤井輝夫

image626_01_1.jpg 新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。
これまでに経験したことがないパンデミックの中での受験勉強、新しく始まった大学入学共通テスト、緊急事態宣言下での第二次学力試験等々を乗りこえ、よくぞここに来てくれたと思います。入学前から異例の経験を積んできたみなさんは、すでにパイオニア(開拓者)であるといえるかもしれません。みなさんが新たに東京大学の仲間に加わったことを大変嬉しく思います。私もこの四月に総長に就任したところで、じつはみなさんと同じように、不安と期待が入り混じるフレッシュな心持ちでいます。
 さて、東京大学からの歓迎のことばとして、これからの大学生活で念頭に置いていただきたいキーワードについてお話しします。それは「対話」であり、その実践がもつ重要性と、そこに見られる複数の意味です。
 「対話」には、大きく三つの意味が見いだせそうです。
 第一の意味は、向かいあって話すことで、ある問題に対する理解を深め、解を探っていく。いわば、真理に到達するための対話です。大学の構成員は、学問に対して真摯な姿勢を持つ点では一致しているため、この意味での対話はそれほど難しくないかもしれません。
 しかしながら、必ずしもみんなが同じ方向を向いておらず、目標を共有していないところで、どのように言葉を交わすことができるのか。そこで浮かびあがってくるのが、「対話」の第二の意味です。
 意味の二つ目は、対話する相手を全体として受け止め、そこから自分に向けられた声を聞き取ることです。つまり、共感を生みだすための対話です。例えば芸術もそうした意味での対話によって息を吹き込まれるものであると思います。対話の相手は人に限りません。
 私はもともと工学部の船舶工学科を卒業し、本学の生産技術研究所で、海中ロボットやセンサなどの研究をしてきました。海は誰にも開かれています。地球表面の七割を覆っていて、とても広く、深い。それゆえ、まだその僅かな部分しか明らかになっていません。私は深海の実態に迫るべく、マイクロ流体デバイスという新しい技術を使ってセンサを作りました。表面だけを見て海を語っても、すでに知っていることの繰り返しにとどまってしまいます。太陽光が届かず無機的で寂しい世界だと考えられていた深海に、独特かつ豊かな生態系が広がっている。その生態系を支える熱水噴出孔の発見から、まだ五十年は経っていませんが、新たなセンサや探査システムによる「対話」を通して我々は、想像すらできなかった海の様相を全体として受け止め、未知を理解する可能性を広げてきたのです。
 その一方で、現代の世界では、とても共感が自然には生まれそうにない、社会の分断がますます顕在化しています。アメリカ大統領選挙をめぐる騒乱は記憶に新しいですが、日本でもマイノリティの人びとに対するヘイトスピーチをはじめ、耐えがたく殺伐とした空気が増しています。
 それゆえにこそ重要になる三つ目の意味が、ポリフォニーとしての対話です。ポリフォニー(多声音楽)とは、単一の主旋律と伴奏からなるホモフォニーではなく、独立した旋律が複数あり、結果として一定の調和を見る音楽のことです。一致することを目指さない多様な声が響きあうことで、結果として何かが生まれる。その前提に、他人のことはそう簡単には理解しえないという認識があります。それでも声を出し合うなかで、お互いが影響され、響き合うハーモニーを感じることを通して共に在ることの意味が理解されるようになるのが、この対話の力であろうと思います。
 再び私のフィールドに引き付けると、広大な海をより細かく知るためには、単一の研究調査だけでは不十分です。そこで多くの一般の人びと、つまり海洋観測のプロフェッショナルでない人たちにも参加してもらう取り組みを進めています。安価で誰でも簡単に作れるセンサを携えて、どのような動機でもよい、各々の好奇心から海に入ってもらうことで、より多くのデータを集めることができます。測定したデータをみんなで共有できることは重要です。それぞれの観測への関わり方が共鳴し響き合うことで、新しい全体像が醸し出されることになります。
 ここでイメージしてもらいたいのは、みなさんの目の前のある大学という未知の海において、各々異なる固有の存在であることを前提に、同じ目線に立って向かいあい、声を聞きあうことで、お互いに変化し成長し、つながりを感じ取ることができるようになるということです。
 授業は今年度もオンラインが多くなります。サイバー空間では、ともすれば聞きたい声だけを聞くことができてしまいます。だからこそ意識的に、共に学ぶ仲間たちの声に耳を傾け、たとえすぐに共感できず理解するのが難しくても、世界の多様な声を聞き続けてみてください。みなさんも声にして話しかけてみることで、世界は身近になるはずです。
 ようこそ、東京大学へ。

(東京大学総長)

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