HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報626号(2021年4月 1日)

教養学部報

第626号 外部公開

ようこそ、教養学部という「迷宮」へ

教養学部長 森山 工

image626_01_2.jpg 新入生のみなさん、ようこそ教養学部へ。
 東京大学に入学されたみなさんは、一般選抜、学校推薦型選抜、外国学校卒業学生特別選考のどれを経たかにかかわらず、その全員が教養学部前期課程に入学されます。そこでリベラルアーツと呼ばれる教養教育を受け、そののちに後期課程の専門諸学部へ進学するという学修経路をたどります。
 なぜ東京大学では、新入生のみなさん全員がリベラルアーツを学ぶ仕組みになっているのでしょうか。
 端的にいいましょう。それは、みなさんを「迷わせる」ためです。
 「迷わせる」。ことばの響きはネガティブに聞こえるかもしれません。けれども、ここでいう「迷わせる」、あるいは、新入生のみなさんから見れば「迷う」ということは、逆にポジティブな意義を担っています。
 みなさんのなかには、後期課程に進学したらこういう分野を学びたいと、漠然とでも心に決めておられるかたもいるでしょう。学校推薦型選抜や外国学校卒業学生特別選考の第一種で入学された方々は、後期課程の進学先も指定して受験しておられるわけですから、学士課程の四年間での学びについて、なおのこと明確なビジョンをおもちのことと思います。けれども、そういうみなさんをも含めて「迷わせる」、しかもポジティブな意味で「迷わせる」というのはどういうことでしょうか。
 それは、文科生・理科生を問わず、大学一年次、二年次において、みずからの学術的な関心の幅と領域を広げることと不可分に結ばれています。文科生でも理系の科目を、理科生でも文系の科目を、それぞれ一定単位修得します。また、文科生のなかで人文学分野に関心があるかたでも社会科学分野の科目を、あるいは理科生のなかで物理学分野に関心があるかたでも数学分野・化学分野・生命科学分野の科目を、やはり一定単位修得します。これは、みなさんが後期課程での進路をすでに決めているか否かにかかわらず、東京大学がみなさんの学びとして最適であるという確信のもとに採用しているカリキュラム構成なのです。
 それは何を意味しているのでしょうか。みなさんが現時点でおもちの学術的な関心を、それが漠たるものであろうと明確化されたものであろうと自己相対化させること、これです。自分が関心とする分野以外にも、文理にわたってこれだけ広い学術領域のいわば「沃野」があるというのを知ること。そして、その知の「沃野」のなかに自分の関心を位置づけてみること。さらにはそれによって、みずからの関心をいわばみずからの外側に立って相対化して見つめてみること。このような経験は、自己に単純に充足せずに、自己を外部に開き、自己を他者との関係において位置づける力の涵養に通じます。それは、学術的関心の問題にとどまることなく、みなさんが広く社会においてさまざまな他者と出会い、触れあい、協働しあうときにも必要とされる力であるのに違いありません。その意味で、みなさんが教養学部で身につけるのは、全人的な意義をもった力であるのです。
 そこにおいては、みずからが当然視していた関心事や前提が根底から覆されるような経験がもたらされる可能性もあるでしょう。だからこそ、教養学部はみなさんを「迷わせる」のです。自分という、ある意味でみなさんにとって完成の途上にあるものを積極的に他者にさらすことで、自己を安易な固定化に導かず、他者とのかかわりのなかで「揺らぎ」を感じさせること。これが「迷わせる」ということのポジティブな意義にほかなりません。
 けれども、もちろん「迷いっぱなし」では、定まりのない空虚な自己に、雑然としてまとまりのない有象無象の他者たちの侵襲を招くことにしかなりません。みなさんは、「迷う」だけでなく、その「迷い」や、他者とのかかわりにおける「揺らぎ」のなかから、自分なりの一定の方向性を改めて「見いだす」必要があります。そうでなければ、後期課程に進学することすらできないからです。教養学部前期課程のカリキュラムは、みなさんをポジティブな意味で「迷わせ」ます(たとえば基礎科目の一部の科目や総合科目の諸科目、および主題科目の一部の科目など)。けれどもそうである一方で、そのカリキュラムは、みなさんのそれぞれが逆にそれによってみずからの学術的な関心を絞り込んでゆけるように構成されてもいます(たとえば基礎科目の「初年次ゼミナール」や展開科目の諸科目、「アドバンスト文科」「アドバンスト理科」「アドバンスト文理融合」、および主題科目の一部の科目など)。ですから、ポジティブな意味で「迷う」ことを恐れないでください。その「迷い」は、自己の「発見」、もしくは「再発見」に結ばれたものなのですから。万が一「迷いっぱなし」になりそうになったら、そのときこそ「迷わず」、駒場学生相談所や進学情報センターなどに相談してください。
 大切なのは、このような柔軟な関心のもち方や、他者との関係のなかで自分自身との距離を測りとる仕方を学ぶのに最適なのが、新入生のみなさんの時期であるということです。そこにおいて培われた自己相対化の力は、生涯を通じて消え去ることがありません。自己が明確化し、固定化してからも、折に触れて自己相対化を図ることができるようになる、そういう潜在的な力を学びとるのに最適な時期が新入生のみなさんの時期なのです(もっとも、そういう潜在力を身につけるのに、必ずしも年齢的に遅すぎるということもないのですが)。だからこそ、みなさんが教養学部において身につけるのは、全人的な意義をもった力であるのです。
 コロナ禍のなかでオンライン教育が前面に立っている現在、みなさんと各科目の教員との、そして何よりもみなさんどうしのあいだでの、リアルな対面と接触の場が制限されるのはきわめて残念なことです。そのなかでも、コロナ禍の状況を見きわめながら、また、必要な感染症対策を徹底しながら、可能なかぎりで対面状況を再構築することに専心するつもりです。
 改めていいましょう。ようこそ、教養学部へ。教養学部という「迷宮」へ。それは出口のない「迷宮」ではなく、みなさんの一人ひとりにとって、それぞれの出口が用意された「迷宮」なのですから。

(総合文化研究科長/教養学部長)

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