HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報626号(2021年4月 1日)

教養学部報

第626号 外部公開

駒場におけるオンライン授業の取り組み 一年を振り返って

湯川 拓

 二〇二〇年度は新型コロナウイルス感染症(COVID- 19)への対応に追われる一年となった。既に本報六一九号(二〇二〇年六月一日発行)において初期の取り組みについては鶴見准教授(前研究科長補佐)による詳細な記事があることを踏まえ、その後の展開に重点を置きつつオンライン授業への取り組みを振り返りたい。
 教養学部では分子生物学を専門とする太田研究科長が極めて早い段階から事態の深刻さと長期化の見通しを打ち出されていたことが、迅速な初動につながった。二〇二〇年三月十八日には授業のオンライン化を決定し、学事歴通り四月六日からセメスターを開始、三週目にあたる四月二十日からは全面オンライン授業を導入した。駒場は進学選択があるために授業日程の後ろ倒しは選択肢として存在せず、このあたりの怒涛の意思決定と準備作業については是非、前述の記事をお読みいただきたい。
 オンライン化に踏み切るに際し、太田研究科長は「感染症対策のために教育から取り残されるものが一人もいないようにする」という方針を掲げ、その下に種々の対策や制度設計が為されていくことになる。具体的には、PCとモバイルWi-Fiルーターの貸し出し(二〇二一年一月二十八日現在までに、累計で前者は一五一台、後者は二二五台の利用)、情報提供のためのウェブサイトの開設と拡充、心配な学生へのサポート体制の構築、学生相談所による支援(同所への延べ相談回数は四月~五月で四八七回、六月~七月で五九九回)、と多岐に亘る。
 オンライン授業がどうにか軌道に乗り、四月七日に「レッド」に移行したステージも六月十五日には「オレンジ」、そして七月十日には「イエロー」へと推移していく。そういった中、定期試験が次の課題となった。対面での定期試験は依然として難しいという判断から、六月二十五日にはオンライン定期試験のガイドラインが作成され、七月十五日からはSセメスターのオンライン定期試験が実施された。授業に続き試験までオンライン化して不安と負担は一方ならないものであったはずだが、ここでも学生は素早く要領を呑み込み対応してくれた。これら一連のオンライン講義/試験及び学生サポートは学内においても高く評価され、この後十二月には東京大学の「業務改革課題」選考において理事賞を獲得することになる。
 Sセメスターを終え、学生からの授業評価アンケートが届く。幸いなことに、二〇一九年度Sセメスターと比べ、授業の準備・計画性についての評価も総合評価も向上が見られた。他方で、全学アンケートやウェブ上で見られる様々な意見を通して、課題も顕在化した。教員が課題を出しすぎて学生が押しつぶされてしまう、PCの前に座り続けることは疲弊を呼ぶ、交流が限られているため新入生が人間関係を構築できない、といった訴えである。いずれも切実であり、今度はこれに応えなければならない。つまり、キャンパス内活動の解禁である。
 まず、三月下旬から全面禁止にしていたキャンパス内での課外活動を、八月七日以降、許可制の下に徐々に緩和した。次に、九月二十三日開始のAセメスターにおいては対面授業を一部導入することとなった。受講者数、教室の収容人数、対面での教育効果、時間割上の制約、一年生の優先等を踏まえ、初修外国語、基礎実験、身体運動実習の科目が選ばれ、隔週で対面授業を行うこととなる(一部はオンラインを継続)。これによりAセメスターには毎日一〇〇〇~一二〇〇名の学生がキャンパスを訪れることとなった。
 対面授業の導入に際して、特に対応が必要とされた点として、第一に基礎疾患があるもしくは遠隔地にいる学生のためにたとえ対面講義であっても一部はオンラインでの受講を可能にすべく、一定数のハイフレックス授業(教室での対面授業の同時配信)を導入した。第二に、時間割によっては、例えば三時間目は対面で授業を受け四時間目にはオンライン、ということが当然ありうるため、それを可能とするためキャンパス内からオンライン授業を受けることを可能にした。具体的には、Wi-Fi環境と給電設備(コンセントの増設及び配線工事)を改善すると共に、PC一〇〇台を充電できる規模の充電ロッカーを導入した。第三に、キャンパスを開く以上、当然ながら感染防止も必要となる。そのために、室内換気と網戸の整備、入講・健康管理・感染報告システムの導入、混雑度モニタリングの展開、などを行った。
 Aセメスターもスタートし、試行錯誤はあったものの対面授業も軌道に乗り始めた。そういった中、東京で感染者数が急激な伸びを見せ緊急事態宣言が発令、駒場も二〇二一年一月十一日には再びステージを「オレンジ」に引き上げ、課外活動も一時中止を要請することとなる。これが共通テストそして対面によるAセメスターの期末試験と重なったのは、学生にとってはもちろん、教職員にとっても大きな負担となった。特に教務を初めとする職員の方々の献身は大変なものがあり、これまで研究活動自体は多くの場合一人で行ってきた文系研究者の私は、「組織」というものは決して無機質なものではなく熱い情熱を持っているのだと知ることになった。
 こうして、構成員(学生及び教職員)からの幅広い協力を得て、Aセメスターもどうにか乗り越えつつある。COVID-19についての知識も蓄積され、最早それは管理可能な「リスク」となった。とはいえ、状況は依然として長期戦の様相を呈している。二〇二一年度Sセメスターには五〇人以下の展開科目等へ対面講義の対象を拡大する予定ではあるものの、九〇〇番講堂や1323教室が学生でいっぱいになる日は当面来ないだろう。しかし、我々はただ単に状況に翻弄されながら目の前の球を打ち返しているだけではない。駒場にとって、今回のCOVID-19への対策は今後の飛躍への機会になる。例えば、キャンパス内の大規模な施設改修や教職員に蓄積されたノウハウは、駒場における研究教育のデジタルトランスフォーメーションを大きく推し進めることになる。遠くない将来きっと、コロナ禍の時期をどう過ごしたかが問われる時が来るだろう。その時、駒場が一つのモデルケースになればと考えている。

(研究科長補佐/国際社会科学/国際関係)

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