HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報627号(2021年5月 7日)

教養学部報

第627号 外部公開

〈後期課程案内〉法学部 未来を拓く法学・政治学

法学政治学研究科・法学部 副学部長 白石忠志

http://www.j.u-tokyo.ac.jp/

 東西の歴史や古典を繙くと、世の中がうまく治まるには為政者をはじめとする社会の様々な機関が人々にどのように接しどのような舵取りをすべきかを示唆する多彩な知恵に触れることができます。この原稿を書いているのは、感染症の流行が世界を揺るがし始めて一年ほどが経った時点です。社会の様々な機関が世の中にどう働きかけ、成功し、あるいは失敗したか。そこにおいて規範はどのように機能し、変容したか。この前後数年は、そのような実例が、多様に、深刻に、身近に、世界をまたにかけながら示される期間であるとも言えます。
 「本学部は、法学と政治学を中核とした教育研究を通じて、幅広い視野をそなえ、法的思考と政治学的識見の基礎を身につけた人材を養成することを目的とする。」という一文が、東京大学法学部規則に記されています。世の中を観察し、動かすためには、あらゆる学問が必要となり得ます。法学と政治学は、それらの知見が社会にどう実装され反映され機能するかという部分を扱うものであり、その意味で、あらゆる学問分野に接し、あらゆる社会的課題の解決において必要とされる武器を提供します。法や政治に関する考察や実践は、この世に人々が生きる限り、紀元前の昔から存在し、今後も絶えることはないでしょう。
 裁判官・検察官・弁護士を指す「法曹」という言葉があります。法曹が社会のために果たす役割は大きく、必須の存在です。しかし、法や政治は、法曹だけによって担われているわけではありません。立法・行政・司法の三権に分ける発想から見ても、法曹は、第一義的には、そのうちの一つである司法に関するものであるにとどまります。社会にとっての課題を指摘し、検討し調整して政策をまとめ上げ、法令などの形で書き起こし、これを運用する、という、法や政治をめぐる多様な機能は、法曹よりも遥かに広い範囲の属性を持つ人々によって担われています。法学部の卒業生に占める法曹の割合は高くはありません。法曹と呼ばれる仕事をしていない人々も、法や政治に関する勉学経験をそれぞれの役割のなかで活かしつつ、社会を眺め、貢献し、動かしているのです。
 そのような営みにおいて用いられる知的体力を養う材料が、法曹の仕事に直結した法分野において特に蓄積されてきたのは確かです。そのことは、法学部に特にゆかりのある国家試験として司法試験というものが最もよく知られているという現象にも示されています。
 しかし、そうであるとすると、法学部の中核的な基本科目とされるそれらの法分野を学ぶことは、法曹となろうとする学生だけでなく、広く社会に関わろうとする全ての学生にとって有益な知恵をもたらすということでもあります。司法試験という国家試験も、そのような知的武器をどれだけ保有し運用し得るかを試すものと考えれば、法曹になろうとする学生だけでなく、世界や地域に貢献しようとする学生が視野に入れ、将来の幅広い活躍のための通行証とするために目指すことも、あってよいように思われます。
 東京大学法学部でも、法曹の養成を謳う国の制度に呼応して、プログラムを充実させたり、法科大学院を開設し運営したりしていますが、それらを支える理念は、国の制度の要請をさらに発展させ、世界や地域のために法や政治の知見を幅広く重厚に活かそうとする学生とともに学ぶことを目指すものとなっています。そのような学問の場が将来に向けて持続するよう、研究者養成や実務家による研究の支援にも力を入れています。
 前期課程の総合科目として、法学部教員が一コマずつを担当して各自の研究を紹介する「現代法学の先端」という授業科目を開講しています。かつては、法律は専門課程に進むまで勉強すべきでない、まず教養を磨け、と述べる法律家も少なくなく、それにはそれで一理がありました。しかし他方で、法学の先端で何が生じており考察されているのかを垣間見たうえで教養科目や法律基本科目に取り組む、という順路のほうが適していると感じる学生も少なくないのではないでしょうか。
 東京大学法学部の教員は、研究者教員が多数ですが、様々な経路を通じて国際社会や地域社会と接し、生々しい実務に貢献しつつ、それらをも活かして研究を行っています。その一端を紹介しようとする試みが、「現代法学の先端」の授業です。東京大学の構成員であれば閲覧できる授業動画がインターネットのどこかにありますから、よろしかったらご覧ください。
 現在の学生が将来において直面し解決することになる課題は、現在の法学部の授業で語られる課題とは、全く異なるかもしれません。むしろそれが普通でしょう。しかし、今の時代の多様な先端に接したことがもたらす知見は、これを的確に抽象化する知的作業を経て、将来の課題のためにも役立つはずであると考えられます。法学部でそのような知的武器を見つけていただければ幸いです。

(副学部長/競争法)

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