HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報627号(2021年5月 7日)

教養学部報

第627号 外部公開

〈後期課程案内〉農学部 農学部への招待

農学生命科学研究科 副研究科長 藤原 徹

https://www.a.u-tokyo.ac.jp/

 農学部は「農」を対象にした学部です。「農」と聞いて皆さんは何が頭に浮かぶでしょうか?美しい水田の風景でしょうか? ミレーの落穂拾いでしょうか? 江戸自体の士農工商でしょうか? それらがどう「学部」と結びつくのかはわかりづらいかもしれません。
 「農」は広辞苑によると、田畑を耕して作物をつくること、とあります。農学部の前身の駒場農学校は明治一一年に開校し、大久保利通は「農をもって国民の生活を豊かにする事業は、まさに今日この日からはじまるのだ」と述べたとされています。江戸時代の終わり頃には当時の人口三二〇〇万人のうち農を担う百姓が当時の人口の八五%を占めていました。当時の国民が食べるためにはそれだけの割合の人々が農に従事する必要がありましたが、飢饉も発生していました。それから一五〇年以上経ち、令和二年には農水省のデータによると「基幹的農業従事者」は一三六万人となっています。より少ない労働力で安定に食料を生み出すことが可能になったことが、社会の発展に貢献し、人類の生活は豊かになってきました。農学は研究を通じて生物による生産を高める様々な技術を開発しこの発展に貢献してきました。一例を挙げると、ぶどうを種無しにするために使われるジベレリンは東大農学部で発見され広く農業に利用されるとともに、その後の研究で植物の生活環に重要な植物ホルモンであるということが明らかになり、植物の理解にも貢献しました。さらに近年の研究によりジベレリンは緑の革命における作物育種にも大きな役割を果たしてきたことが明らかになっています。このような研究の実現には現場で起こる問題の深い洞察と解決への強い意識が重要です。研究のきっかけとなった問題の解決を超えて基礎科学としても重要な発見につながることもあります。このような農学部の営みは現在も営々と進められています。
 その一方で「農」の発展に伴って「農」は多くの人には身近なものではなくなってしまったのかもしれません。現代では新型コロナの影響で外出制限されても、自宅からスマホで注文すると食べ物が家に届きます。利用した方も少なく無いと思います。食べ物が生き物から作られていることを忘れがちになってしまうかもしれませんが、人類は「農」すなわち他の生物を利用することなく生存していくことはできません。このことは人類が存在し続ける限り変化することはありません。皆さんもご存知のように人類はこれまでとは異なる問題に直面しています。「農」の効率化は環境に負担をかける一因でもあり、将来の食料生産や地球レベルでの環境保全が懸念されています。
 言うまでもありませんが、農学部の対象は「田畑を耕して作物をつくること」に限りません。林業、畜産業、水産業等の一次産業、食品産業などに代表される生物から得られる様々な材料の加工や利用、さらには生物の利用に伴う環境や社会への影響なども含めた幅広い領域が含まれます。これらの領域はまた相互に影響を及ぼし合っています。この幅広い領域を対象にするということはつまり、農学部の教育研究は社会状況に応じて社会や産業界の要請に基づいて行われるということが挙げられます。現代では課題はより複雑化しており、人類の幅広い活動が環境に大きな影響を与え地球環境をいかに保全しつつ人類に不可欠な食料や資材を生み出していくことが求められています。これは容易に解決できる課題ではありません。農学部ではこれらの課題に対応するために必要な知識や経験を、講義、実習、研究への参加などを通じて積んでいただくプログラムを準備しています。人口と食料の状況、生態系、土壌、水、生物多様性、化合物、バイオマス、森林資源など、どのような課題があり何が知られているのかを学ぶ農学総合科目、研究を進める科学者としての自覚と知識を学ぶ農学共通科目、化学、生物学、統計学、生態学、遺伝学、情報科学、経済学など課題解決に必要な基礎知識を学ぶ農学基礎科目をまず主に二年次後半に聴講します。さらに3年次以降にそれぞれの専門分野の内容を含めた学習をする構成となっています。
 農学の幅広い分野を学ぶ上では俯瞰性と専門性の両者が不可欠です。農学部では大括りの共通性で区分された三つの課程とさらに専門性によって区分された十四の専修を準備しています。課程は応用生命科学課程、環境資源科学課程、獣医学課程に分かれており、獣医学課程は駒場の二年を含めて六年間のコースで、国家試験に合格すれば獣医師免許を取得できます。応用生命科学課程および環境資源科学課程には生命科学、生態学、化学、工学、社会科学など様々な特徴を持つ専修が含まれています。
 農学部の後期課程の特徴の一つに実地経験を重視していることが挙げられます。三年次には実験がカリキュラムに含まれる専修が多く、また附属施設での実習も含まれています。農学部は附属施設を多く持っています。西東京市に附属生態調和農学機構、北海道、関東、東海に演習林、静岡県に水産実験所、茨城県に牧場、弥生キャンパス内に動物医療センターがあり、調査研究のみならず木材生産や動物医療などを実践しています。これらの附属施設での実習や実験はみなさんに楽しさと驚きを与えるのでは無いかと思います。農学部では生産過程や研究を実体験することは専門的人材育成に不可欠だと考えており、みなさんには他では得られない経験が得られると思います。また専修とは別の複数のプログラムを提供しています。アグリバイオインフォマティクスでは農学研究に重要な情報科学を学ぶことができ、アグリコクーンではバイオマスなどのキーワードで関連する一連の講義を聞くことができます。また、人類の直面する課題を学内外の多様な方々との議論や調査を通じて学び解決方法について考察を深めることを目的としたOne Earth Guar­diansプログラムを運営しており、プログラムに参加することで専修でのプログラムを超えた知識や体験が得られます。一方で、このように書くと、問題解決には真面目に知識を得て体験を積み重ねることが不可欠と感じられるかもしれませんが、好きということも極めて重要です。例えばとにかく虫が好きとか、実験していると幸せといった人は優れた観察力と知識で、問題解決に結びつく成果を挙げることも多いと思います。
 農学部はある意味「縁の下の力持ち」かもしれません。人類の将来を支え確かなものにするために意欲ある皆さんの進学をお待ちしています。

(副研究科長/植物栄養・肥料学)

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