HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報628号(2021年6月 1日)

教養学部報

第628号 外部公開

芸術創造連携研究機構 発足シンポジウム「学問と芸術の協働」報告

長木誠司

 日本の総合大学は、その歴史的な成立の過程のなかでアートの実践的な分野を研究や教育の場に含めることができなかったところが多い。ヨーロッパやアメリカの総合大学では、学内で美術や音楽、演劇といったさまざまな分野のアートを実践的に学べるところが少なくなく、構内に複数の制作スタジオや作業場、音楽ホールや劇場を有するところすらあるくらいだが(近年、中国をはじめとするアジアの大学でもそういうところは増えてきている)、日本の場合それは教育学部の一角に収められているか、あるいは例えば東京芸術大学のような専門の大学の役割として分業されてきた面が大きい。
 しかしながら、ものを作る、創造するという作業はどのような専門分野でも問われる訳であり、その際、オリジナルな発想や緻密な思考のプロセスを必要とし、身体の繊細な使い方や最新の技術のセンシティヴな導入といったことを積極的に行わねばならないアートの実践分野は、総合大学のあらゆる専門分野とも深い関係を持ちうるし、またそうした発想等々のない座学だけの研究には、なにか不足するところがないとは言えない。
 というわけで、東京大学でも数年前から美術や音楽、写真、映像、メディア・アートといった分野で積極的に実践的な授業を採り入れてきた。今年度からそれは教養学部の新たなカリキュラムとしての「アドバンスト文理融合科目」によって、より明確な形を採ることになった。実は、駒場以外でも学内のいくつかの部局では、従来から単発的にアートの実践的な授業を導入してきたのであるが、なかなかそれらを統括する視点が取れていなかったという事実がある。また教育に限らず、広範な専門分野とアートの実践を結びつけた研究、実際にアーティストをお呼びしての共同研究もこれまで単発的に行われてきたに過ぎなかったが、従来各部局で行われていたようなそれらを統合してアート実践をさまざまな研究分野との連携のなかで応用し、お互いに啓発して新たな研究を促進するとともに、新たな人材形成にも資するような組織となるため、二〇一九年度に芸術創造連携研究機構(Art Center, The Univer­sity of Tokyo=ACUT)という機構が立ち上げられた。ウェブサイト(https://www.art.c.u-tokyo.ac.jp/)でも謳われているように、その基本的な理念は「アートで知性を拡張し、社会の未来をひらく」であるが、その発足シンポジウム「学問と芸術の協働」が去る三月二十日と二十一日に駒場キャンパスの18号館ホール、およびオンラインで行われた。本来、発足年度末である昨年の三月に行われるはずのシンポジウムであったが、新型コロナ・ウィルス対策として緊急事態宣言が発せられたため延期され、一年越しの開催となった。
 初日の二十日は、18号館ホールに各ジャンルのアーティストをお招きして、総合大学でアートを教える意義や、実際の授業の進め方、研究との関連、学生たちの反応や創意の様子などをお話し頂いた。記念対談にお招きした静岡県舞台芸術センター(SPAC)の芸術総監督である演出家の宮城聰氏には、東大時代に演劇のさかんであった駒場で受けた刺激やご自身の係わってきた演劇についてのお話しをはじめ、さまざまな異なるものとの出逢いが許容され、それがアートを実践する上でも、あるいは逆に研究をする上でもプラスに働くはずの総合大学という場についての有意義なお話しを頂いた。
 ソプラノ歌手の豊田喜代美氏、そして2020オリパラのエンブレムを手がけられているデザイナーの野老(ところ)朝雄氏をお招きしたセッションでは、すでに駒場でご担当されていた「学術フロンティア」という授業での実践のあり方が紹介され、声や身体への科学的な視座を交えた歌の授業や、グラフィックなデザインを繋げながらアートとサイエンスをも繋げていくという面白い授業内容もさることながら、学生のみなさんが非常に自由な発想で、思いもかけぬ作品や発表をしてきている様子、そこから多分野の専門への糸口がつかめ、多様な研究可能性の広がりへとつながりそうな様子などが知られて頼もしく感じられた。柔軟な思考ができる学生時代にアート実践の授業を受けることが、いかに実り多いことなのかをあらためて実感した次第である。
 機構に参画している学内の七部局の代表者によるラウンドテーブルで初日は終わったが、二日目はオンライン開催という方法を採りながら、七部局それぞれで実際に行われている研究から、アート関連のものを紹介して頂く七つのセッションをはじめ、機構に参画して頂いている客員フェローによるセッション、そして東大のなかで、もうひとつアートと関連している機構である「価値創造デザイン人材育成研究機構」との共同セッションをひとつ設けるなど、盛りだくさんの内容となった。
 各セッションを細かく紹介する余裕はないが、知の最先端で活躍されている研究者の方々が、それぞれの専門分野から「アート」という「お題」で話される内容はどれも刺激に富んで面白く、瞬く間に七時間の長丁場が過ぎていった。二日間の様子は編集されてYouTube上で公開されているので、ぜひ「芸術創造連携研究機構」で検索してご覧頂きたい。思いも寄らぬ新鮮な発見と発想に満ちていること、大学生活にもうひとつの目が開けてくること請け合いである。

(超域文化科学/ドイツ語)

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