HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報628号(2021年6月 1日)

教養学部報

第628号 外部公開

サブテロメアは DNA進化の宝石箱や〜

加納純子

 「う〜わぁ、見て〜、海の宝石箱や〜」という名セリフをご存知だろうか。食レポタレントの彦摩呂さんが北海道の豪華な海鮮丼を見て発したのが最初である。本稿では食べ物は出てこないが、豪華な海鮮丼に匹敵するくらい美味できらめくDNAの話をしたい。昨今、DNA、遺伝子、病気などを扱ったテレビ番組をよく見かける。そういった番組を観た直後はなんとなくわかったような気になるけれども、実はスカッと理解できていないんだよね〜という方も、どうかチャンネルはこのままで。
地球上に生命が誕生したのはおおよそ三十八億年前。最初はごく単純な形の生物であったと考えられているが、長い年月を経て、多種多様な生物へと変化、進化を遂げてきた。つまり、生物とは不変なものではなく、常に変化しうるものなのである。その証拠に、今私たちの周りを見渡してみても、全く同じ人はいない。親と全く同じ子供はいない。それでは、一体どのようにして生物は進化してきたのだろうか。
 まず、生物は膜で囲まれた部屋のような「細胞」がいくつも組み合わさってできている。個々の細胞の中には、「DNA」が収納されている。DNAとはデオキシリボ核酸という化学物質のことであり、略してA、T、G、Cの四種類がある。それらがたくさんつながって直鎖状になっている(枝分かれしない)。DNA鎖の中で「遺伝子」とよばれる部分に含まれる四種類のATGCの並び方に応じて、色んなアミノ酸が順番につながってタンパク質(体の主成分)になる。「DNAは生物の設計図」と言われるのは、このためである。
 実際の細胞のDNA鎖の中で、アミノ酸を作る設計図になっているDNA(遺伝子)の部分が占める割合は大きくない。大きくないどころか、ヒトの場合、全体のたった2%程度である。それでは残りのほとんどのDNAは何をしているのか? というと、様々なDNA部分が細胞の正常な営みを守るために重要な役割を果たしているのである。紙面の都合上、ここからは一つの部分について紹介する。
 ヒトの各細胞には両親の卵と精子由来のDNA鎖が1セットずつあり、それらはすべてが1本につながっているのではなく、23本が2セットで合計46本に分かれている。それぞれのDNA鎖は直鎖状なので、必ず両側に末端が存在する。面白いことに、各DNA末端には同じ配列の繰り返し(ヒトの場合、TTAGGG単位が二千回程度)が見られる。この繰り返しDNAに複数のタンパク質が結合し、「テロメア」とよばれる特殊な構造が作られる。本来、DNA末端は不安定な性質をもっているが、テロメアのおかげで末端構造が安定に維持され、DNA情報をロスしないよう守られている。この他にテロメアは、細胞の寿命を決める役割や次世代に命を繋ぐための重要な役割を果たしている。
 ここまでで既におなかいっぱいかもしれないが、まだ海鮮丼に美味しいネタが残っているので最後まで読んでほしい。テロメアのすぐ隣に「サブテロメア」とよばれる部分がある。サブという名前がついているからと言って、テロメアとDNA配列が似ているわけではない。サブテロメアでは、各DNA鎖に共通の配列がモザイク状に混在しているため、一つの細胞のサブテロメアは同一のDNA配列をもたない(図)。例えるならば、同じお店(細胞)の海鮮丼(サブテロメア)ごとに色んなネタ(共通配列)が違う順番でご飯の上に載っているということである。海鮮丼Aは「ガリ、大トロ、大トロ、中トロ、イクラ、ウニ」、海鮮丼Bは「ガリ、中トロ、サーモン、サーモン、イクラ、イクラ、鯛、甘海老」という具合である。
 一つの細胞が二つに分裂して細胞の数を増やす際、DNAも2セット分にコピーしなければならない。細胞には正確にDNAをコピーするための仕組みがたくさん備わっていて、滅多に変化は起こらない。しかし実際は、細胞が分裂を繰り返すと(DNAのコピーを繰り返すと)、少しずつDNAの配列は変化していく。その原因として、DNAの本来の性質、コピー作業ミス、有害物質によるDNAの損傷などが考えられる。最近の筆者らの研究により、サブテロメアのDNA配列は他の部分のDNA配列に比べて特に変化しやすいことがわかってきた。
 実は、現代の個々のヒトの間でサブテロメアDNA配列は異なり、バリエーションに富んでいることがわかっている。親子の間でも多少異なる可能性がある。サブテロメアには色んな遺伝子の配列が含まれているので、このバリエーションがヒトの多様化や疾患に関係しているかもしれない。実際、サブテロメアの配列変化がヒトの精神遅滞や多発奇形を引き起こすことが知られている。さらに、ヒトとチンパンジーは進化的に最も近く、共通の遺伝子のDNA配列の違いはわずか数%程度と言われているが、なんとチンパンジーのサブテロメアの配列はヒトとは非常に異なり、比較できない程である。もしかしたら、このような違いがヒトとチンパンジーの特徴を分ける原因の一つとなっているのかもしれない。
image628_01_2.png サブテロメアの変化と生物の進化や多様化との因果関係については、まだ推測の域を出ない。また、サブテロメアがなぜ変化しやすいのか、それは細胞の単純なミスによるものなのか、それとも生物が進化のために獲得した性質なのか、まだわからない。一つ言えるのは、細胞に一つしかない遺伝子の配列に傷がつけば、その遺伝子の働きは大きなダメージを受け、運が悪いと死んでしまうため、そのDNA配列の変化は後世に残りにくい。しかし、サブテロメアの配列は細胞あたり多数存在するので、一つのサブテロメア配列に変化が生じても他のサブテロメアに同じ配列が残っていれば、細胞が死なずに済む可能性が高く、サブテロメアの変化は後世に残りやすい。つまり、サブテロメアはDNA変化に寛容であり、かつDNA変化のホットスポットなのである。したがって、サブテロメアにはきっとこれまでの生物の進化の歴史がたくさん隠されているにちがいない。サブテロメアは、いわば生物の歴史のピースが詰まった宝石箱なのである。私は、このキラキラした宝石箱の中身をこれから少しずつ解き明かしていきたい。

(生命環境科学/生物)

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