HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報628号(2021年6月 1日)

教養学部報

第628号 外部公開

<時に沿って> 私の知的 ネットワーク

高見典和

 私の専門分野は経済学史です。これは、経済学という学問の過去の変遷を考察し、通常とは異なる角度から経済学を理解しようとする分野です。一般的なイメージは、アダム・スミスやケインズのような著名な過去の経済学者の思想を考察する学問というものだと思います。実際に、入門的な授業では、そのような内容が中心となります。しかし、現在の経済学史コミュニティの関心は、経済学者の社会的背景や研究者ネットワークの再構築などに移っています。また、ハードサイエンスの様相の強い、二十世紀半ば以降の経済学に関心のある研究者が多くなっています。私自身も、このような関心で研究を進めており、過去の論文や著作では、サムエルソンとソローのフィリップス曲線に関する一九六〇年論文の社会的政治的背景を考察したものや、二十世紀半ばの経済学の数理化に関する研究を広くサーベイしたものなどがあります。
 私の研究者人生を振り返ると、まず、大阪大学で堂目卓生先生のもとで、二十世紀前半に活躍したイギリスの経済学者、アーサー・ピグーの学説を中心に研究し、博士号を取得しました。その後、日本学術振興会特別研究員として、アメリカのデューク大学経済学史センターに滞在し、海外の研究動向に直接触れる機会を得ました。特に、ロイ・ワイントラウプ先生には大きな影響を受け、授業を聴講したり、論文にコメントをいただいたりする過程で、科学論の知見を経済学史の研究に生かす方法を学びました。同センターでは、さまざまな国から若い研究者が集まっており、彼らからも大きな影響を受けました。現在、イギリスのユニバーシティ・コレッジ・ロンドンで教員をしているティアゴ・マタさんらとの交流は、大変貴重なものでした。
 帰国後は、現在、日本銀行副総裁を務めておられる早稲田大学の若田部昌澄先生にお世話になり、学術振興会特別研究員の滞在先を早稲田大学に移しました。翌年、早稲田大学の助教に就職し、経済学の入門科目を教えたことは、教員として幅を広げることに役立ちました。さらにその翌年、一橋大学経済研究所の講師に転任し、実証研究の先生方の発表を多く聞いたことは、計量経済学の歴史を考察する一つのきっかけとなりました。
 計量経済学の歴史に関する論文を書いたことは、別の出版物にも良い影響がありました。本学経済学研究科の野原慎司さんからお誘いがあり、野原さんおよび香川大学の沖公祐先生と教科書を共同執筆することになりました。この教科書の中の、私の担当部分では、ゲーム理論や一般競争均衡理論などの二十世紀半ばの数理経済学の歴史を、計量経済学の確立から説き起こすという叙述にしています。
 准教授として就職した東京都立大学では、ゼミで優秀な学生に恵まれ、デュルケーム、ジンメル、アーレント、村上泰亮などを輪読し、広く社会科学の知見を深めることができました。

(国際社会科学/経済・統計)

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