HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報629号(2021年7月 1日)

教養学部報

第629号 外部公開

東日本大震災10年とコロナ禍で考える科学コミュニケーション

内田麻理香

 新型コロナウイルス感染症が本格的に世間を騒がせるようになったのは、二〇二〇年の二月の頃だ。二十六日には政府から、感染リスクが勘案されるイベントの中止等の対応を要請された。教養教育高度化機構は、十五周年を迎えた科学技術インタープリター養成部門(以下、当部門)が担当となり、三月九日にシンポジウムを開催する準備を進めていた。しかし、この要請を受けてシンポジウムを中止することになった。今回、ここで紹介するのは、中止となったそのシンポジウムの〝再起〟をはかったものになる。「科学コミュニケーション振興の15年」だった副題を、「東日本大震災10年とコロナ禍のなかで」に変更した。筆者は司会進行をつとめた立場から、本稿を執筆している。
 私たちは科学を欠くことのできない基盤として生活しているので、その科学への信頼が失われると、私たちの暮らしは大きく阻害される。この科学への「信頼の危機」の際に、科学コミュニケーションが必要とされるのだ。二〇二〇年度は、日本が直面した大きな「信頼の危機」である東日本大震災から十年という節目の年になる。今も、新型コロナウイルス感染症という新たな「信頼の危機」に直面している。その双方を踏まえた上で、科学コミュニケーションのこれまでと今後について検討することが、本シンポジウムの趣旨となる。
 当日は、Zoomのウェビナー機能を用いたオンラインでの開催となり、合計で一八〇名の参加者に視聴いただいた。はじめに、太田邦史先生(総合文化研究科研究科長 教授・当時)から開会の挨拶を頂戴し、松尾基之先生(教養教育高度化機構機構長 教授・当時)から教養教育高度化機構の紹介をいただいた。
 三部構成のうち第一部「歴史と成果」では、杉山滋郎先生(北海道大学名誉教授)にご登壇いただいた。「何を目指してきたのか〜日本の『科学コミュニケーション』をふりかえり課題を探る〜」と題された講演では、まず、日本の科学コミュニケーションの歴史について『訓蒙窮理図解』から遡り、第二期科学技術基本計画で「科学技術と社会との双方向のコミュニケーション」の重要性がうたわれたことが、科学コミュニケーションの大きな転換となった経緯を説明された。その後、市民との対話や熟議をとりいれた様々な形の活動がなされ、日本に科学コミュニケーションが定着してきた流れを確認した。そして、現在の科学コミュニケーションが抱えている課題として、ソーシャルメディアの登場によって生まれた分断の対処や、国民的議論の場の設定などを挙げられた。
 続いて、北海道大学、早稲田大学、東京大学の科学コミュニケーター養成プログラムのOB/OGの三人に登壇いただき、自身の受けた教育プログラムや、その教育が現在のキャリアにどう生かされているかなどについてお話いただいた。第一部の最後には、当部門の黎明期から実質的リーダーをつとめた黒田玲子先生(東京大学名誉教授、中部大学特任教授)から、プログラムを発展させたキーパーソンとしての立場からコメントを頂戴した。
 第二部は「東日本大震災とコロナ禍」というテーマで、坂東昌子先生(愛知大学名誉教授)と藤垣裕子先生(総合文化研究科教授)にご登壇いただいた。坂東先生には、「21世紀の科学と市民―TEPCO事故とコロナ禍から学ぶ―」というタイトルで、科学者の立場からの科学技術コミュニケーション活動についてご講演いただいた。坂東先生は、NPO法人「あいんしゅたいん」理事長を務められ、親子理科実験教室や市民向けの講演会などの活動を続けてきた。市民とのコミュニケーション活動の経験から、市民が分野の壁を乗り越えて柔軟に学ぶ力は、異分野交流の要であり、二十一世紀は「市民とともにつくる科学」が求められると語られた。
 続いて、二〇一二―一四年度に当部門の部門長を務めた藤垣裕子先生から「大震災とコロナ禍が提起する「科学者の社会的責任」の課題」と題した講演をいただいた。先生は、「作動中の科学」(最新の科学的知見は常に書き換えられる)という概念を軸に、東日本大震災後の十年の話を総括するとともに、コロナ禍との比較検討をされた。最新の知見の更新が、科学コミュニケーションで問題を喚起することを確認した上で、望ましい科学的助言のあり方や、「責任ある研究とイノベーション」(RRI ; Responsible Research and Inno­vation)を実現するために、専門家だけで閉じることのない、市民や利害関係者を取り込んだ公共空間の場の重要性について論じられた。
 第三部のパネルディスカッションでは、参加者から寄せられた質問を取り上げ、登壇者の方々にお答えいただいた。杉山先生、坂東先生、藤垣先生のお三方が各々抱いた疑問点を投げかけ合うなど、緊張感のある有意義な討論が展開されたと思う。参加者からはウェビナーのQ&Aの機能を用いて質問を募ったが、幅広い論点が提示され、活発な議論が行われた。最後は、当部門の部門長である廣野喜幸先生(総合文化研究科教授)の閉会の挨拶で締めくくられた。
 本シンポジウムは経験のないオンライン形式であったため、事前のリハーサルを三回行うなど入念な準備を行ったが、そのおかげか当日は滞りなく進行した。スタッフや登壇者がそれぞれ札幌、仙台、東京、愛知、京都というように、各地から参加していたため、バックヤードの場作りが難しかったが、Slackやメールなどを利用した。ウェビナーという形式において、参加者が質問や発言をしやすくする仕掛けについては、今後の検討課題となるだろう。一方で、どこからでも登壇・参加できるオンラインイベントならではの利点も見出すこともできた。
 東日本大震災も新型コロナウイルス感染症もいまだ解決をみない問題が山積している。容易に答えを見いだせない課題ばかりだが、少なくとも本シンポジウムで議論のきっかけや解決の端緒は提示できたように思う。本シンポジウムは、報告書をまとめる準備を進めている。これが、今後の科学コミュニケーションの新たな種となることを願う。

(教養教育高度化機構)

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