HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報629号(2021年7月 1日)

教養学部報

第629号 外部公開

「宇佐美圭司よみがえる画家」展

加治屋健司

 二〇二一年四月十三日、東京大学駒場博物館で「宇佐美圭司 よみがえる画家」展の学内公開が始まった。
 まずは、展覧会を開催することになった経緯を振り返りたい。
 三年前の二〇一八年四月、東京大学本郷キャンパスの中央食堂にかけられていた宇佐美圭司の絵画が廃棄処分されたという知らせがソーシャルメディアで話題になった。このときの衝撃は、今もよく覚えている。私は二〇一六年六月にたまたまこの絵画の写真を撮影してツイッターに投稿していたが、廃棄処分の知らせは、この写真とともに瞬く間に広がり、新聞やテレビなどでもさかんに報道された。当初は廃棄処分の経緯が不明であり、私は学内にいる数少ない現代美術の研究者のひとりとして、大学の調査や対応に協力するようになった。まもなく、二〇一七年九月に中央食堂の改修工事の過程で作品所有者の東京大学消費生活協同組合が廃棄処分したこと、失われた絵画の題名が《きずな》であったことが判明した。大学は、このような結果を招いたことの反省に立ち、学内の文化資産の適切な保存・管理を進めると同時に、二〇一八年九月に安田講堂で、学内の研究者を中心にシンポジウム「宇佐美圭司《きずな》から出発して」を開催し、宇佐美の絵画を考察してその芸術的価値を再確認すると同時に、学内外の文化資源のあり方について議論した。
 このシンポジウムには、宇佐美と長年深く交流した造形作家の岡﨑乾二郎が登壇しており、岡﨑から展覧会の提案があった。学内でも《きずな》が失われたことの意味を考えるには宇佐美の作品に向き合うことが重要であるとの認識があり、三浦篤教授が館長を務める駒場博物館で展覧会を開催することになった。作品が廃棄されたことの背景には、学内だけでなく現代の日本において、宇佐美の重要な活動やその成果が見えにくくなっていた状況も少なからずあったため、展覧会を開催することで宇佐美の再評価を促す目的もあった。
 当初は、宇佐美の作品だけでなく、同時代や後の世代の作家の作品も含めた展覧会を二〇二〇年秋に開催する予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大のため、作品の借用先を減らして宇佐美の作品を中心とし、二〇二一年四月に開始することにした。
 展覧会としては小規模で、出品作品は全部で十一点である。駒場博物館が所蔵するマルセル・デュシャンの《花嫁は彼女の独身者たちによって裸にされて、さえも》(《大ガラス》東京ヴァージョン)(一九八〇年)以外は、全て宇佐美の作品である。小規模ながら、宇佐美の長年の活動全体を振り返ることを目指し、初期の抽象絵画から晩年の「大洪水」の絵画まで、宇佐美の主な時代の絵画を集め、宇佐美が手がけることが少なかった彫刻作品も展示した。
 この展覧会のもうひとつのテーマは、作品の再制作である。まず、失われた《きずな》の再現画像を作成した。《きずな》は正面から高解像度で撮影した写真がなく、作品を詳細に分析するのが難しかったため、コンピュータを用いた映像表現を研究する広島市立大学の笠原浩教授の協力を得て、二〇一八年九月のシンポジウムのために作成していたが、展覧会のために、その後出てきた資料などをもとに修正を重ねてより正確な画像を作成し、展示室入口上方の壁面に投影した。次に《Laser: Beam: Joint》を再制作した。これは、世界最初期のレーザー光線を用いたインスタレーションで、宇佐美の重要作品でありながら、一九六八年に制作された後は、展示の機会が少なく三十年近く展示されていなかった。量子光学を専門とする総合文化研究科の久我隆弘教授と竹内誠助教の協力により、当時の資料を分析しながら、現在の科学技術や安全基準に基づいて作品の一部をアップデートしながら再制作して展示した。
 再制作は、芸術作品のオリジナリティや複製、タイムベースト・アート作品の保存修復、歴史的な展覧会の再構成などを考察する上で、近年、研究上の重要な論点になっている。展覧会は、《きずな》と《Laser: Beam: Joint》の二作品を、同じく再制作されたデュシャンの《大ガラス》東京ヴァージョンとともに展示することで、現代美術における再制作について考察することも目指した。
image629_01.jpg 展覧会カタログは、学術的な価値を重視して作成した。宇佐美の活動を概観すると同時に今後の研究資料にもなるよう、出品作品の図版はもとより、宇佐美の代表作の図版も掲載し、さらに、旺盛な評論活動でも知られた宇佐美の代表的な論考を再録した。展覧会企画者による論考に加えて、岡﨑や、《きずな》の制作のきっかけをつくった高階秀爾東京大学名誉教授の論考も掲載した。宇佐美の蔵書と資料を精査して、詳細な文献目録を作成し、略歴・展覧会歴も新たに編纂した。
 駒場博物館は、二〇一九年十二月から休館し、空調設備等の改修、正面入口の改装等を行ってきた。この展覧会は、リニューアル後初めての展覧会である。冒頭に述べた経緯から通常よりも予算があったため、遺族はもとより二つの美術館から作品を借り、高さが二・四メートルある《ゴースト・プランNo. 1》(一九六九年、セゾン現代美術館蔵)を展示する壁面を造作し、《Laser: Beam: Joint》を展示するための専用の部屋も制作した。
 展覧会は、学内公開期間の後、四月二十八日から一般公開を行う予定だったが、四月二十三日に緊急事態宣言が発令され、二十七日から駒場キャンパスの警戒レベルが「オレンジ」となり、一般の方の入構が原則として認められなくなった。その後、緊急事態宣言は六月二十日まで延長され、残念ながら一般公開も先送りされることになった。キャンパスの入構制限があるため、六月一日から再開する東京都の他の美術館、博物館とは異なる対応になった。展覧会の会期は六月二十七日までの予定であったが、その後、一般公開を七月一日に開始し、会期を八月二十九日まで延長することになった。

(超域文化科学/英語)

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