HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報629号(2021年7月 1日)

教養学部報

第629号 外部公開

<時に沿って> 強くなるための手がかり

高橋謙也

 二〇二一年四月に身体運動科学研究室の助教に着任しました。専門分野は、運動生理・生化学で、運動時のエネルギー代謝やトレーニングに対する適応について研究を行っています。授業は体育実技を担当します。三月に博士の学位を取得したばかりで、学生から教員への立場の変化に困惑していますが、教員としての自覚と責任を持って、教育と研究に取り組んでいきたいと思っています。
 教養学部報への寄稿という貴重な機会をいただいたので、私が現在に至るまでの経緯について紹介させていただきたいと思います。私は、山形県米沢市という雪国で生まれ育ったということもあり、幼い頃からスキー(特にクロスカントリー)に慣れ親しんできました。中学校・高校と競技としてスキーに取り組んでいるうちに、レベルの高い環境で自分の実力を試してみたいと考えるようになり、日本体育大学に進学しました。大学では、競技人口が少ないこともあり、全日本インカレや全日本選手権に出場することができました。しかしながら、入賞からはほど遠く、とくに目立った成績もあげられないまま学部の四年間が過ぎようとしていました。そんな時に、「生化学的な手法を用いて、運動・トレーニングに対する身体の応答や適応の謎を解き明かすことができれば、強くなるための手がかりを何か掴めるかもしれない」と考え、大学院に進学することを決めました。
 大学のスキー部では、トレーニングの成果やコンディションを把握するために、定期的に運動時の血中乳酸濃度を測定していたこともあり、乳酸に興味を持っていました。そこで、大学院では、乳酸研究で有名な八田秀雄先生のもとで、研究に取り組みました。その結果、乳酸がシグナルとなって、骨格筋ミトコンドリアの変化を引き起こすという乳酸の新たな側面を見出すことができました。
 そのほかに、大学院在学中には修士一年生の時から国際学会で発表する機会をいただきました。博士課程に進学してからは、デンマーク・コペンハーゲン大学(生理学研究の本場)で開催されたサマースクールに参加し、新たな実験手技の習得や英語での口頭発表に挑戦しました。また、海外の著名な研究者と連絡をとって研究室の見学をさせていただいたり、研究の議論をしたりすることもできました。これらの経験を積むなかで、博士の学位取得後は、海外で研究したいという思いが次第に強くなっていたときに、簡単には海外に渡航できなくなってしまいました。そのような状況の中、幸いにも駒場で助教として働く機会を与えていただきました。
 現在では競技現場から遠ざかり、スキーをする機会も減ってしまっています(スキーをするのはスキー実習の時くらい)。また、思うように実験が進まない時には、気が沈んでしまうことがあります。そのような時には、自分が研究の道に進んだきっかけを思い出しながら、競技としてスキーに取り組んでいた当時の自分や同じような境遇のアスリートに「強くなるための手がかり」を提供できるように精進していきたいと思います。

(生命環境科学/スポーツ・身体運動)

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