HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報630号(2021年10月 1日)

教養学部報

第630号 外部公開

化学の研究における協奏機能

内田さやか

image630_01.jpg 本年四月二十一日に、我々の研究成果「金属酸化物クラスター・希土類イオン・ポリマーの協奏によるイオン結晶内の水素イオンの高速伝導」について、本学・広島大学・日本学術振興会・英国ニューカッスル大学の四機関より論文発表とプレスリリースを行い、この度、教養学部報にて研究紹介する機会をいただきました。まずは、私達の研究目的と成果を説明します。二〇一五年に国連サミットで採択されたSDGsの目標の一つ、化石燃料への依存度が少ない社会を構築するため、エネルギー源として水素が注目されています。燃料電池は、水素と空気中の酸素との化学反応を利用して電気を取り出すシステムであり、反応により生成する水素イオンの伝導を担う「電解質材料」の機能向上は、水素活用における重要課題の一つです。我々はこの課題に取り組むため、ナノサイズ(一メートルの十億分の一の大きさ)の「金属酸化物クラスター」を「希土類イオン」と結合させた後、微細な孔を持つイオン結晶を合成しました。この孔の中に、水素イオンの伝導経路として働く「ポリマー」と水分子を閉じ込め、希土類イオンに多数の水分子が結合できる性質を生かすと、高い構造安定性と水素イオン伝導性を両立する電解質材料が得られることを明らかにしました。つまり、プレスリリースの題目に示すように、三つの成分がそれぞれの持ち味を生かし協奏することで、性能向上が実現されました。図は、電解質材料内を水素イオンが高速移動する様子を模式的に示したものです。二年前にも教養学部報にて研究紹介をしました。本稿も含めた研究内容の詳細に興味のある方は、教養学部報六一〇号「水素社会の実現を目指した電解質材料の創成」あるいは、教養学部・総合文化研究科HPに掲載中の上記プレスリリース資料をご覧下さい。
 本稿の執筆にあたり、二年前に教養学部報に紹介した研究内容からの進展について、あらためて考えました。当時と比較し、電解質材料の性能向上がみられたのですが、材料合成の面で新たに行ったのは希土類イオンの導入のみです。たったこれだけですが、希土類イオンの位置や状態の解析、水素イオン伝導との関わりを示すデータ取得のために多くの時間を使い、国内外の複数の研究者との協奏が必要でした。具体的には、二年半前に日本学術振興会に国際共同プロジェクトが採択され、本テーマを立案しました。個々の研究グループの特性を生かし、希土類イオンが結合した金属酸化物クラスターの合成は広島大学、ポリマーとの複合化と機能評価は東京大学、複合体の結晶構造解析は英国のグループが行うことにしました。コロナ禍以前に行った最初の共同研究ミーティングは対面でしたが、その後はオンラインの活用により、滞りなく研究を進めることができました。時間や場所を選ばないオンラインの便利さを享受しましたが、同時に実際に会って話をすることの重要性も感じました。例えば、新たに出会う方との研究の立案と遂行は、アバターを使った仮想空間でのオンライン学会が可能にならないと難しいと感じます。本稿を執筆中に、スペインの研究者より、これからフランスでシンポジウムがあり、対面で講演をするのは二十か月ぶりで楽しみとのメールがありました。ツイッターには、シンポジウムの様子とともに、研究の着想はリアルな出会いによりはじまるとの感想もあがっていました。
 このSセメスターに、教養学部主催「高校生と大学生のための金曜特別講座」にて研究紹介する機会をいただきました。講義はオンラインによるリアルタイム配信で行われ、最大で八百以上のアクセス数があり、一つの画面の向こう側で大勢の高校の生徒さんが聴講していることも多いと聞きましたので、千人以上の方が私の講義を聴講してくださいました。国内外の学会で私の研究一本でこれだけの人数を集めることはできませんので、大変有難いことです。講義は一時間でしたが、引き続き、高校の化学部の生徒さんの研究テーマ相談から講義資料に掲載した実験データを理解した専門的な質問まで、質疑が一時間半続きました。事前準備から当日の運営までご尽力下さった相関基礎 鳥井先生、生命環境 新井先生、スタッフの皆様に御礼申し上げます。講義を通じ、自然科学のセントラルサイエンスと呼ばれる化学の学問としての重要性、化学が電池や自動車などの機器を通じて快適な生活を支えていること、研究の楽しさが少しでも伝わったとすれば本望です。前期課程や学部の講義でも、金曜特別講座の研究紹介を聞きましたという声が複数あり、研究現場に近い大学生も聴講していることを知り、嬉しかったです。化学の研究は、百あまりの元素の協奏により創られる美しくも複雑な現象を解きほぐすもので、そのスタイルは、基礎、理論から実用、個人から企業との共同研究まで、柔軟かつ幅広いものです。よろしければ、教養学部報五六六号に掲載された拙文「研究と子育ての日々」もご笑覧下さい。

(相関基礎科学系/化学)

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