HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報630号

最終更新日:2021.10.06

教養学部報

第630号 外部公開

ゲーテ研究からのお手伝い  令和三年度「測量の日」における功労者としての表彰をうけて

石原あえか

 このたび令和三年度「測量の日」に、国土地理院から「功労者感謝状贈呈者」に決まったとの嬉しいお知らせをいただいた。あいにく自宅オンライン勤務で、研究室に電話が繋がらず、専攻事務室が対応して下さったのだが、実はその後も東京都のCOVID─19非常事態宣言が続き、贈呈式の日程調整がつかないまま、九月を迎えている。
 国土地理院は、すべての測量の基礎となる測量を実施する「国土交通省の特別の機関」であり、「地形図」の発行元としても知られる。同院広報広聴室によれば、「測量の日」は、一九四九(昭和二四)年六月三日に現在の測量法が公布されたことに因み、制定四〇周年にあたる一九八九(平成元)年に「六月三日」に決められた由。当時、「測量は国土の利用、社会資本の整備等国民生活の安全性・快適性の向上に重要な役割を果たしてきたにもかかわらず、国民の認識や社会的評価が必ずしも高いとはいえず、測量成果が不適切に扱われている問題も生じていた」という背景があったそうな。以来、六月三日には、たとえば国会前にある日本水準原点標庫の公開や国土地理院報告会の開催など、測量・地図に因む行事が各地で行われ、同時に「測量・地図に関する普及・啓発に顕著な功績のあった団体又は個人」に功労者感謝状が贈られている。団体では地図や航空撮影を専門とする会社や研究グループが目立つが、二〇一六年に「地図や地理に親しみを持たせた」という理由でNHKの「ブラタモリ」制作スタッフが選ばれて話題になった。個人では災害対策用アプリの開発や都市防災の研究者など、人命救助に関連した貢献が目立つ。歴代功労者リストに、ゲーテ研究者である私の名前が並ぶのは、ちょっと不思議な気がする。
 贈呈の理由は、「ゲーテと近代測地学に関する研究」とあり、「長年にわたる」という枕詞は「いや、それほどでも...」と感じたが、国土地理院との最初のコンタクトは、確かに十二年前、日本にプロイセン式測量を導入した「三角測量の父・田坂虎之助」に関する問い合わせに遡る。当時はA・v・フンボルト財団フェローとして、光学メーカー・ツァイスの本拠地イェーナ滞在中、ゲーテの小説『親和力』に登場する測量に従事する陸軍大尉の歴史的モデルを調べるうちに、ヴァイマルのアンナ・アマーリア公妃図書館所蔵のシーボルトやロシア提督クルーゼンシュテルンの珍しい日本地図が出てきたり、新田次郎の『劒岳 点の記』でも重要な役割を果たすカール・バンベルヒ[ク]社製経緯儀との接点が見つかったりして、このテーマの虜になってしまった。『科学する詩人ゲーテ』(慶應義塾大学出版会、二〇一〇年)の第五章で頭出ししたゲーテ時代の三角測量を中心とした研究成果は、まずドイツ語単著Die Vermessbarkeit der Erde(二〇一一年)になり、その内容を補足・改訂して日本語で書き下ろした『近代測量史への旅』(法政大学出版局、二〇一五年)になった。この著作後半で、ドイツ語文献をもとに再構築した独仏近代測量史や日独交流ないしは技術移転を扱ったのが、期せずして、明治政府が「民部官庶務司戸籍地図掛」(一八六九年)を設置してから「近代測量一五〇年」を前に、測量関係者の目に留まったらしい。さらに改めてご縁を得た国土地理院との接点を積極的に活用し、ゲーテ研究者としての視点から「測地学の物語」にまとめたのが、昨年刊行した『教養の近代測地学』(法大出版局)である。あまり一般には知られていない、地図コレクターであり、鉱山再開発はじめ土木事業も手掛けた官僚ゲーテを〈触媒〉のように使ってみたのだが、ドイツ国内はもちろん、二戸の田中舘愛橘記念科学館、国立天文台(三鷹・水沢)、富山の立山カルデラ砂防博物館、本学の地震研や工学部などでの調査の楽しい思い出が詰まっている。
 エッセイストを兼ねる理系研究者と比べると、科学史的アプローチをする文学者は珍しいのかもしれない。しかもなぜか私は、いわゆる王道の「科学史」と同じくらい、科学者たちの人柄や彼らを支える「縁の下の力持ち的な存在」、たとえば測量機器を開発した技術者などに興味を抱いてしまう。折しも今年は、伊能図上呈二〇〇周年にあたり、その測量事業・製図技術が注目されているが、同時代人や欧州の測量技術はどうだったのか。正確な地図はどんな風に描かれ、さまざまな技術は誰がどう伝え、改良したのか。また地理座標は、携帯端末で即座に参照できるが、基礎となる水準点や三角点を誰が、いつ設置し、どう保守しているのか。重力や地磁気の情報は? 科学の偉人だけでなく、さりげなく日常生活を支え、不可欠な情報を提供してくれる専門技術者たちの存在をひとたび意識すると、関心は高まるばかりだ。そして今や私は、週末に大雨や地震が起きれば、「あ、国土地理院の皆さんは休日返上か」と思い、瞬時に被災(浸水・崩壊)状況図やUAV撮影写真などが公表されると、「徹夜かな、大丈夫かな」と心配するくらいにはなっている。つまり感謝すべきは私の方なのだが、これからも文学研究でお役に立てれば、と願っている。

image630_02_1.jpg
提供 法政大学出版局

(言語情報科学/ドイツ語)

第630号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

教養学部報