教養学部報
第630号
<時に沿って> 人との出会い
田中雄一郎
二〇二一年四月に数理科学研究科の助教に着任いたしました田中雄一郎と申します。専門は実リー群の表現論です。このたび自己紹介の機会をいただきましたので、数学の研究をするようになるまでのことをお話ししたいと思います。
高校入学時は数学が苦手で授業もわかりませんでしたが、友人が楽しそうに数学の話をするので聞いているうちに私も数学が好きだと勘違いしたことが始まりでした。
東京大学入学後は部活のメンバーとアルバイト先の塾の同僚や生徒さんが素敵な方々でそちらに集中してしまいましたが、なんとか単位を取得し数学科に進むことができました。数学科では四年生になると数学講究XA(テキストの担当の先生が毎週セミナーをみてくださる)を履修します。先生がやさしそうだからと、関口英子先生の推薦する「リー群と表現論」を選びました。はじめのころは関口先生のつくるやわらかい雰囲気のなか同級生と交代で発表をしていましたが、あるとき面談をしましょうとご連絡をいただき向かった数理棟のセミナー室でお会いしたのが、小林俊行先生です。小林先生はとても温和な雰囲気でお話しくださいますが、ひとたび数学の話となりますと全身から凄まじいエネルギーを放出します。おひとりのときも頭の中で常に何かお考えになってやはりオーラを発しながら早足で歩いていらっしゃいます(この状況で仕方のないことではございますが、いま小林先生のご講義を学生の方々が教室で受けられないことは、とても残念なことと思います。画面をとおしてと同じ部屋でその空気に触れながらとでは、全く異なります。教養学部報第五四〇号を是非ご覧ください)。生まれてはじめて、小説や映画の登場人物ではない、生身の途轍もない人に出会い、数学の勉強をしたいというよりも、この先生に行けるところまでついていきたいという思いを抱きました。小林先生、関口先生にご指導いただきながら、先のことなど考えずにとにかく真剣に数学の勉強に取り組み始めました。
その後大学院数理科学研究科に進み、小林先生のもとで本格的に学ぶ幸運に恵まれました(大学院での小林先生とのことは、一番大事で肝心なかけがえのない部分が表せず、何か表層的なものだけをここに取り出してしまいそうで、書くことができません。そもそも言葉にしようとしても、正面から向き合おうとすると押し寄せるものをまだ受け止めきれません)。
大学院でも友人や先輩後輩とのたくさんの素敵な出会いがあり、小林先生のご指導のもと博士号を取得することができました。その後九州大学の落合啓之先生にポスドクとしてお世話になり、教員としてまた駒場キャンパスに戻ってまいりました。
この貴重な機会をいただき、これまでを振り返りましたところ、ひたすらに人に恵まれて自分があるという思いをいっそう強くしております。いまの状況では人と直接会う機会はなかなかないかもしれませんが、これからさき学生の皆さんに素晴らしい出会いのあることを願っております。
(数理科学研究科)
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