HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報631号(2021年11月 1日)

教養学部報

第631号 外部公開

水道水の味は日本全国同じ?水道水の硬度分布の可視化の試み

堀まゆみ

 水道水の水質を示す指標の一つに、硬度、水の硬さというものがあります。水に硬さなどあるのかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。ミネラルウォーターのラベルにはほとんどの場合、「硬水」「軟水」「硬度XX㎎/L」などの表記があります。水の硬度は、水に含まれるカルシウムとマグネシウムの含有量を炭酸カルシウムの濃度で換算して表記したもので、硬度が高いと硬水と呼び「苦味・えぐみ」が強くなります。硬度が低い水は軟水で「まろやか」な口当たりが特徴です。日本の水道水はほとんどが軟水に区分されますが、具体的な数値はさておいても、硬度の差を感覚で感じたことがあるのではないでしょうか。たとえば、引っ越し先の水道水の味が今までと違って感じた、海外のお風呂はどうも石鹸の泡立ちが悪い、などなどといった例です。
 水道水質の管理は、供給元である自治体等に委ねられています。法令で定められた水質基準の達成は自治体がアピールしていますが、より詳細な水質情報については、多くの場合公表されていません。さらに悪いことに、公開されている情報であっても自治体ごとにバラバラの基準であることから、他地域と水質の水平比較が簡単にできない問題がありました。また、全国の水道水を俯瞰し、地域別の特性を明らかにした研究例は驚くほど少なく、基礎データに乏しい現状がありました。データベースがないなら、自身で作成する―私たちは日本各地の水道水を、有害無害にかかわらず多くの元素を網羅的に高精度で分析し、水質を数値として可視化し、水質特性や分布を示すことを目的に研究を開始しました。全国規模で水質を数値として「見える化」し公開することは、社会基盤としての水道品質の位置づけだけでなく、市民にとっても貴重な情報となります。
 その目的のもと、最初に取り組んだのは、冒頭にあげた味に関わる硬度の分布です。全国の分布状況を可視化するには、日本全国からできるだけ多くの地点の水道水を採水する必要があります。私たちは、(たった一行に収めてしまうのが何とも口惜しいところですが)二〇一七年から二〇二〇年にかけて日本全国665地点の水道水を採取しました。同時に、日本の分布を特徴づけるために、ヨーロッパ、アフリカ、アジアの27か国、152地点の水道水を採取しました。採水には駒場キャンパスの教職員の方々からも多大なご協力をいただきました。この場を借りて改めて御礼申し上げます。
 こうやって集めた膨大なサンプルの分析の結果がこちらです(図)。WHO(世界保健機関)では、硬度60㎎/L以下を軟水と定義しています(以下、単位省略)。日本の硬度の算術平均値は48・9でした。明らかに軟水ですね。一方で、海外の例をみてみると、フランスでは178、ザンビアでは362、台湾では108、ニュージーランドでは37・8であり、幅広い分布であることが分かります。
 日本の中での硬度の分布はどうでしょう。分析の結果、最低が0・101、最高が200、中央値が46・0でした。世界的には軟水と分類される日本の水道であっても、硬度の分布は実は幅広いことが分かりました。地域別にみると、関東地方、特に千葉県(83・4)、埼玉県(82・8)、東京都(65・8)の水道水の硬度が高い傾向にあります。これらの地域の地質、そして主要な原水(浄水処理される前の水)が利根川下流域であることから、源流から取水口までの時間に加え、関東域の人間活動の影響が加わり、硬度が高くなると考えられます。そのほか、地下水を原水として使用している熊本県(72・2)や、琉球石灰岩層の影響を受けたカルシウムの豊富な河川水や地下水を原水としている沖縄県(68・1)も硬度が高い特徴があります。一方、北海道・東北地方は硬度が低い傾向がありました。このように、水道水の硬度は地域の原水の種類や特徴といった地理的背景を反映しているともいえます。
 もう一つ、水道管布設から時間が経過し配管に劣化が生じることによって、配管が水質に与える影響を心配される方もいらっしゃるかもしれません。原水が浄水され、各供給水栓に配水されるまでの間の硬度の変化について詳しく調査したところ、水道水の硬度に給配水管が与える影響は限りなく小さく、原水(河川水)の水質に由来していることが明らかになりました。さらに、原水から浄水、浄水から水道水の過程で、年単位で20%の硬度変動の可能性があるものの、日々の硬度については、急激な変動はなくおおむね安定していることが確認されました。
 今回は、硬度という観点から全国的な水質の特徴を解き明かしましたが、今後は銅や鉄などの微量元素の分布や地域特性、水環境と農作物との関係など幅広く展開していく予定です。今回調査した地点の硬度分布は、ウェブサイト(図のQRコード)で公開していますので、ぜひ覗いてください。みなさんの味覚と硬度の数値、合致していましたか?

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(教養教育高度化機構)

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