教養学部報
第631号
大きいオスはプレイボーイ?
奥崎 穣
昨今は迂闊なタイトルで研究成果を公表すると方々から叩かれたりするそうです。動物の生態や行動に関する研究では対象を擬人化しやすいために、そうしたトラブルが起こるのでしょう。教養学部報ならば大丈夫だろうと思い、今回は少し砕けたタイトルにしてみました。
動物のオスは配偶者を得るため、あるいは子孫を残すために、あの手この手を駆使します。オスからメスへの求愛やメスを巡るオス同士の闘争は見た目にもわかりやすい例です。オスにみられる装飾や武装といった性的特徴は、それらを持つことで配偶者を得やすくなるために進化したと説明されます。
一方、そうした配偶前のパフォーマンスを行わず、決まった配偶者も持たない動物もたくさんいます。そのような婚姻システムでは、どの個体にも配偶機会が与えられますが、メスが多くのオスと配偶関係を持つために、オス間には受精機会を巡る競争、いわゆる精子競争が生じます。
精子競争下で父性を獲得するためにオスが取るべき戦術は二種類あります。一つは配偶回数や射精量を増やして多くの受精機会を得る戦術、もう一つは配偶者と他のオスの接触を防ぐ戦術です。どちらの戦術がそのオスに適しているかを考えるとき、体サイズが重要なパラメータとなります。大きいオスは大きい生殖腺(精巣など)を持ち、配偶子生産力も高いため、配偶回数や射精量を増やすことができます。一方、オスは何らかの手段で配偶者と他のオスの接触を防ぐことができれば、体サイズに関わらず、確実に子供を残すことができます。それでは体サイズが変化したとき、オスの繁殖戦術はどのように変化するのでしょうか?
それを明らかにするために、本研究ではヒメオサムシの体サイズ変異に着目しました。ヒメオサムシは西日本に広く分布する徘徊性の肉食昆虫です。その体長は分布域の大部分で23㎜前後ですが、九州に数多くある周辺島のうち、餌となるミミズが大きい島では30㎜に達するほどに大型になります。これは大きいミミズを捕食するには大きい身体が必要となるためです。
まず、福岡県と佐賀県の体サイズの異なる集団からオスを入手し、その生殖腺重量を測定しました。予想通り、体サイズと生殖腺重量は正の相関を示しており、大きいオスは配偶子生産力が高いと言えます。
次に、それらの交尾行動を観察してみると、オスがメスに渡す精包(精液をタンパク質で包んだもの)の重量は、体サイズの影響をほとんど受けませんでした。一方、交尾時間は二五~三〇二分と大きなばらつきがあり、大きいオスほど交尾時間が短いことがわかりました。
ヒメオサムシを含むオサムシのグループ(オオオサムシ亜属)は夜行性で、初夏に繁殖します。つまり、小さいオスが行う六時間近くに及ぶ交尾は当日中のメスの再交尾を防ぎ、オスの精子がそのときメスが持っている卵の受精に使用される確率を上げると予想されます。
一方、体サイズの大きい集団のオスは一時間ほどで交尾を終えました。交尾時間を長くすれば一定の父性獲得は見込めるにも関わらず、そうしないということは、大型化により配偶子生産力が高まったオスは交尾一回あたりの継続時間を短縮して、交尾回数を増やすことで受精機会を増やすことができていると推測されます。
まとめると、ヒメオサムシでみられる体サイズ増加は、オスの繁殖戦術を配偶者の再交尾抑制から交尾回数の増加へと変化させていることが示唆されました。
同様の傾向は他の昆虫でも報告されており、ハエ類では実際に体サイズ増加で交尾回数が増加することも確認されています。しかし、これらの先行研究では体サイズ変異が生じる進化的メカニズムは未解明でした。
今回の研究の新規性は、生息環境の違いが体サイズ進化を介してオスの繁殖行動を変化させることを実証した点にあります。繁殖行動の変化はそれに付随する性的特徴の進化をも駆動するはずです。自然環境の多様性は、それが体サイズ進化の原因となったとき、その多様性から期待される以上に多様な生物を創造してきたのかもしれません。
(広域システム科学/生物)
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