HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報631号(2021年11月 1日)

教養学部報

第631号 外部公開

音楽と工作と鳴禽類

橘 亮輔

 わたしはさえずる小鳥である鳴禽類を対象に、その脳のメカニズムを研究している。それと同時に、音楽の科学研究も少しずつ進めている。先日、とあるきっかけで、音楽と科学の接点をテーマに、高校で特別授業をおこなった。これが新聞の記事[*1]となったことが縁で、ここで研究教育活動の紹介記事を書く機会をいただいた。では、なぜ小鳥と音楽なのか。これを説明するために、少々人生を振り返る。
 わたしは聴覚や発声を専門分野とし、音響信号処理技術を用いて研究を進めてきた。今思うと、このような研究スタイルになったのは、幼い頃に体験した二つのことが大いに関係しているように思う。それは、音楽と工作である。我が両親はともになかなか趣味人のようで、わたしの趣味嗜好は母の影響が強いが、研究に限って言えば父の影響が大きい。父は電子工作を趣味とする。真空管を取り寄せ、せっせと電気街のパーツ屋に通っては、オーディオアンプを作っていた。狭いアパートのリビングにでかいスピーカーが鎮座していて、プロコフィエフの交響曲やマイルス・デイビスのセッションが流れていた。必定、わたしも小学生のころまでにバイオリンを習い、電子工作をするようになった。四年生くらいの時、クリスマスプレゼントにハンダごてをねだったことを覚えている。中学からはトランペットを始め、大学卒業まで続けた。今でも当時の面々と集まっては演奏会をすることがある。一方、学部は工学部の認知科学・計算機科学関連の学科に入り、プログラミングや情報科学、信号処理技術を学んだ。このような経緯から、聴覚や演奏・歌唱に関わる研究をしようと考えるに至った。
 博士課程からは聴覚と運動の相互作用を研究していこうと心に決めた。発声や演奏は、自分の出した音を聴いては、また音の出し方を調整する繰り返しの過程である。聴覚のフィードバックが運動制御にどう統合されるのか。これは出力とフィードバックのループ回路だと見なせる。研究するには、このループに人為的に介入して出力の挙動を見る必要がある。すなわち、実時間の信号処理で聴覚フィードバックを変えるのである。ここで、工作趣味が生きてきて、マイコンや信号処理ボードを使って実験装置を自作した。これを使ってfMRI実験に挑み、脳の聴覚運動統合の領域を特定した[*2]。しかしどうにも隔靴掻痒の感があり、もっとループ回路の詳細な研究がしたいと思うようになった。そこで学位取得後は動物研究に移ったのである。
image631_04_1.png 今わたしが主な研究対象としているのは、さえずる小鳥、鳴禽類(songbirds)である。スズメ亜目に属するこの小鳥は、幼いころに親の歌を聴いて記憶し、練習によってその歌を自分のものとする。幼少期に親からうけた影響が、その後の行動に多大な違いを生み出すわけである。まるで自分の研究人生を見ているようではないか。しかし自主的な練習もとても大切である。わたしは自分の楽器経験からこの部分に魅かれて鳴禽研究を始めた。中でも特にジュウシマツを対象として、自分の声を聴いて修正する仕組みを調べている。ジュウシマツの歌は短い音要素のつらなりで構成されており、それぞれの音要素は多様な音色や高さを持っている(図A)。また、音要素間のスキマ(間隙)も多様で、広かったり狭かったりする。この間隙長も親の歌から学び、歌が完成すれば毎回同じパターンを示す。すなわち、音色や高さだけでなく、リズムもちゃんと学習しているのである。
 この歌学習メカニズムを調べるために、わたしは雑音回避学習という実験パラダイムを用いている。鳥のそばにマイクを置き、音響信号処理によって特定の音要素の高さや間隙の長さを計測する。そして、計測値が特定の条件を満たす場合は短い「ザッ」という雑音を聞かせる(図B)。鳥は声が変になったと思うのか、雑音を回避するようにして、徐々に標的となった特徴を変形させるのである(図C)。この手法は任意の学習を人工的に引き起こすことができるので、様々な歌の特徴を学習するメカニズムを個別に調べるのに適している。このパラダイムにより色々と面白い現象が見つかったのだが、詳しくは最近書いた総説にゆずる[*3]。この研究を可能にするには、数ミリ秒の精度で歌の解析をする信号処理システムが必要で、ここでもわたしの工作趣味は役立った。このシステムをたくさん作り、実験を最大八つ並行して進められる環境を作って、効率的に進めている。このように鳴禽類の歌学習メカニズムを調べていけば、いつかヒトを含む様々な動物の発声の学習について全体像が分かるに違いない。
 所属先の進化認知科学研究センターでは例年九月に集中講義をおこなっている。そこでは聴覚運動統合の研究を例に、認知神経科学の基礎を解説している。また、その他の講義プログラム(脳認知科学実習、Komaba Brain Science Lectureなど)でも聴覚や音声の話を交えてお話しするので、興味ある方は受講いただきたい。加えて、音楽の科学研究については、研究会(「音楽と脳」研究会、毎月開催)や研究調査プロジェクト(JSTムーンショット「ミレニア・プログラム」)に関与しているので、興味を持った方は気軽に連絡いただきたい(研究者情報・連絡先)。

*1 日経新聞2021年7月13日『埼玉の高校で音楽の特別授業、指揮者・西本智実氏ら講師』
*2 Tachibana RO et al. (2010). Neuroscience letters 482(3):198-202
*3 橘亮輔(2021)動物心理学研究71(1):1-11

(進化認知科学研究センター)

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