HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報632号(2021年12月 1日)

教養学部報

第632号 外部公開

<駒場をあとに> 全てに意味があった

山口和紀

image632_02.jpg 終わりがあるのは善いことだ。先生方や職員の皆さん、学生にはいつも感謝しているのだが、何でもない時に改まってお礼を言うのも妙なのでついつい失礼をしてしまっていた。終わりのこの場を借りてお礼を申し上げたい。これまでありがとうございました。
 終わりがあれば、始まりがある。私が駒場に赴任したのは一九九二年である。文理ともに「情報処理」(現在の「情報」)が必修化された一九九三年の一年前である。選択科目がいくつか開講され準備がされていたとはいえ、文理ともに必修にするのは思い切った話であった。学部が当時どれだけ深く考えてその決断に至ったのかはわからない。しかし、最近は文科の学生が「情報」を学ぶのも当たり前になっていることを考えると、先見の明があったといえよう。とはいえ、情報教育棟(現在の17号館)にはパソコンが一三〇台弱置かれた演習室が二つあるだけだった。しかも、当時は「臨増」で学生数が一時的に増えて一学年三六〇〇人だった。演習室に目一杯座ってもらっても、理科生向けは夏学期、文科生向けは冬学期の開講とするしかなかった。これは評判が悪く、この時からしばらくは学生が使う端末の整備に追われた。その後、情報教育南棟(現在の情報教育棟の東側)ができてX端末が入り、端末不足はひとまず解消した。教材の整備も急務で、一九九四年に教科書「情報処理入門」を出版したが、その後すぐにインターネットが普及したため、ブラウザや電子メール、ネットニュースの使い方を補足した「情報処理入門補遺」を出版した。ブラウザ(当初はMosaic!)が普及してからはHWBというウェブ教材を作りはじめ、操作の説明は主にそちらで行うようになった。学生有志の書いた「情報処理入門ホイホイ」(表紙はご想像にお任せする......)や「情報処理ナビゲータ」などもあり、学生の貢献も大きかったように思う。
 一九九九年から二〇〇七年の間は全学の情報基盤センターの所属となり、教育用を中心に全学の情報環境の整備に携わった。全学の情報関係で当時関わったのが「共通ID」の制定である。住民基本台帳の番号(現在のマイナンバー)は法律で利用が制限されていたため使えず、疑似乱数的に生成した番号を独自に割り当てることになった。規則性がない番号の割り当てにしたのは、規則が拡大解釈されて問題が生じるのを防ぐためである。パスワードのように本人しか知らないようにするためではないのだが、その誤解はなかなか払拭できない。そもそも人間が覚えたり入力したりするものではないのでICカードに書き込んで使えるようにした。共通IDが18桁なのはこの時のICカードの記録領域が18桁だったためである。上位8桁が0なのは、ある入館ゲートで10桁しか使えなかったためである。(大した理由ではなくてごめんなさい。)身分が変わるたびに新しい共通IDを発行してしまうなど、技術的問題以外に運用上の問題も多数発生した。それにもかかわらず現在共通IDが広く使われていることは、初期に関わったものとしては感慨深い。その他に情報倫理規則や情報セキュリティ・ポリシーの初期の制定に関わった。最初は機密度が五段階と今より細かく別れていたが、それでも足らないと言われたものだ。
 情報基盤センターの業務としては、情報教育棟のパソコンの運用の他に、ウェブサーバやメールサーバの学内への提供を本格的に始めた。また、CFIVEという学習管理システムを開発して授業で利用できるようにした。当時は利用がなかなか伸びなかったが、その後継であるITC─LMSが昨年のオンライン授業で大活躍したのは嬉しいことである。UTASとの連携など地道な改良が実を結んだのであろう。遠隔講義システムは、私が情報基盤センターに移った時にすでにあったが、それはATM(銀行のではなく通信方式)を使ったシステムで、大学内の数カ所(駒場では1号館の二階の教室)を相互に結ぶものだった。その後、インターネットが高速化し、通常のインターネットを使い、H・323という通信方式で映像と音声を送るシステムが普及した。現在の情報教育棟の四階にある遠隔講義室はそのシステムを用いたものである。昨年度からのオンライン授業で使われているシステムでも、映像と音声を送るのにはH・323を使っている。
 以上、今あるものがどのような経緯でそうなったかをついつい説明してしまった。これも長年教育と格闘してきたものの性とお許しいただきたい。今はなくても無駄なものはひとつもなかったと個人的には思っている。
 研究では自分や学生の興味に応じて自由にやらせてもらった。学生の素朴な問題意識を研究テーマにするには苦労もあったが、それも楽しい時間であった。改めて学生諸君にこの場を借りてお礼を述べたい。ありがとう。

(広域システム科学/情報・図形)

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