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最終更新日:2021.12.08

教養学部報

第632号 外部公開

<駒場をあとに> 迷いと理想と

清水 明

image632_04.jpg 私は一九七五年に本学に入学したが、やりたいことが見つからないまま、成り行きで物理学科~物理学専攻と進学した。指導教官に勧められるままに博士課程まで行って博士号を取得したものの、自分が興味を持てる研究分野を見つけることができずじまいだった。そこで心機一転して新しいことに挑戦しようとC社の研究所に就職した。そこでいくつかの研究や発明をしていくうちに、ようやく気づいたのは、自分は、基礎的・原理的な研究か、新しい動作原理に基づいた応用か、商品企画に興味がある、ということだった。
 このうち、商品企画については、私が気に入った商品はすぐに廃番になる、ということが度重なることから、私が企画した商品は売れない気がした。つまりは才能が無い。一方、新しい動作原理に基づいた応用については、いろいろなアイデア特許を書いたし、そのいくつかは実験的にも検証できた。その中には、私が退職後にC社が超大企業と合弁会社まで作って商品化しようとした新技術の基本特許も含まれていた。しかしその製品は、質に関しては極めて高い評価を受けたものの、製造時の歩留まりの問題をようやく克服して発売しようとしたらパテント・トロールの標的にされ、発売延期になってしまった。最終的には特許訴訟でC社が勝訴したものの、商機を失ったために商品化は断念された。ビジネスは結果が全てだから、やはり才能が無かったということになる。
 そういうわけで、私が興味を持っているとわかった三つのうちの最後のひとつである、基礎的・原理的な研究をやろうと大学に移ったのは、結果的には正しい選択だったように思う(他の二つが論外だったとも言えるが)。そして、その異動先が駒場だったことも、正解だったように思う。というのも、大多数の物理系の学科では、当時は、基礎的・原理的な研究は御法度に近かったからだ。(それが、私が学生時代に、興味が持てる研究分野を見つけることができなかった理由でもあった。)その点、駒場では、基礎的・原理的な研究も大手を振って行うことができたし、それに興味を持ってくださる先生方もいらっしゃった。基礎的・原理的な研究というのは、どうしても、応用研究・流行の研究に比べれば興味を持つ人が少なくなりがちなので、これはとても有り難いことだった。大学に移る際にご相談した元指導教員が、「駒場は(当時の)ヨーロッパのようなところです」と仰ったが、その通りだった。
 そういうわけで、駒場には感謝している。せめてもの恩返しとして、重要業務の責任者になったときには、前任者の仕事をなぞるだけではなく、大きな改善も行うことにした。その結果、長年続いた不合理をいくつか解消できたりしたのは幸いだった。それで恩返しはしたから苦手な運営だけは勘弁してください、と言っているつもりでもあったのだが、そんな甘い話にはならずに、運営にも携わることになってしまった。
 運営でもっとも大変だったのは、先進科学研究機構の立ち上げと運営であった。これは同時に、もっともやり甲斐がある運営業務でもあった。この新しい機構と、機構が主催する「アドバンスト理科」については、すでに教養学部報にも他の媒体にも書いたので、詳しくはそれらの記事や先進科学研究機構のHPをご覧いただくことにして、要点だけ記すと、私が学生としても教員としても本学で過ごした経験から「こうだったらいいのに」と感じた理想を、現実化したものである。具体的には、「分野よりも人」で選んだ若手トップ研究者が、先進的な研究で世界をリードしながら、前期課程のトップ学生と相互作用する、というものである。
 このうちの、「分野よりも人」という理念がもっとも理解されにくいように感じるので、右記の媒体に書いた説明の補足をしたい。新規に研究者を教員として採用する際に、自分と同じ分野の研究者が候補として浮かぶのは当然だし、そういう研究者を「採るといいよ」と推薦するのはとてもよいことである。しかし、ともすれば、自分と同じ分野の研究者を「採らねばならぬ」となってしまっていないだろうか? 「採るといいよ」は学問全体を活気づかせて進歩させる原動力になるが、「採らねばならぬ」は、総ポスト数が限られているのだから、既存分野以外の新興分野の人事採用を阻害し、学問全体の進歩に悪影響を及ぼす。だから、分野で選ぶような人事はできるだけ避けた方がいい、というのが私の考えである。実際、先進科学研究機構で、私が委員長を務めた人事委員会が選んだ七人の教授・准教授の専門分野は、いずれも、私の現在の専門分野とは異なっている。意図的にそうしたわけではないのだが、これだけ分野が多様化している現代において、「分野よりも人」で選んだら、たまたま自分と同じ専門分野になる確率はかなり低いので、これは当然である。
 このように、退職直前の四年半を理想の実現のために使えたのは、幸せだったのかもしれない。まがりなりにもそれができたのは、機構、専攻、研究科、生産技術研究所、先端科学技術研究センター、本部、そして全学の、多くの方々の助けがあってこそである。皆様に深く感謝し、退職のご挨拶とさせていただきます。

(相関基礎科学/先進科学)

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