HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報632号(2021年12月 1日)

教養学部報

第632号 外部公開

社会・経済・暮らしと生物多様性・生態系の関わり

吉田丈人

 生物多様性の損失と生態系の劣化が地球規模で進行していると指摘されて久しい。貧困、紛争、感染症の拡大、災害など、さまざまな社会的課題の原因にもなるほど、生物多様性と生態系は失われつつある。この数十年間、生物多様性・生態系の保全と再生の取組みが進められてきたが、生物多様性の損失と生態系の劣化を食い止め回復傾向に向かうことは、未だ実現できていない。二〇〇五年に出された「ミレニアム生態系評価」と同様に、二〇一九年のIPBES(Intergovernmen­tal Science-Policy Platform on Biodiver­sity and Ecosystem Services)による「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価」では、そう指摘されている。今年公表された日本における「生物多様性及び生態系サービスの総合評価2021〔JBO3(Japan Biodi­versity Outlook 3)〕」でも、日本の生物多様性と生態系が長期的に劣化傾向にあると指摘されている。生物多様性や生態系が失われることは、いまや社会的・経済的なリスクとして認識されており、それらの回復の実現に社会全体で取り組むことが求められている。
 とはいえ、普段の一般的な生活において(特に、都市域では)、生物多様性の損失と生態系の劣化を身近に感じることは難しい。しかし、食料の生産と消費、木材資源の利用、エネルギーの生産と消費、都市域の拡大など、私たちの社会・経済・暮らしが間接的に影響を与え、生物多様性の損失と生態系の劣化を引き起こしている現実がある。また、従前より取り組まれてきた、生物多様性や生態系に直接的に影響を与える各種の要因(土地・海域利用、乱獲、汚染、侵略的外来種など)への対策では効果が不十分であると、IPBESの報告書やJBO3などにより指摘されている。社会経済や普段の暮らしなど、間接的に影響を与える各種の要因に踏み込んだ対策が必要であり、そのための「社会変革」なしには、持続可能な自然資源利用や自然共生社会の実現は達成できないと指摘されている。では、どのようにしてその社会変革を成し遂げられるのであろうか。
 人と自然の関わりを広い意味での「人間文化」として捉え、文化を再構築する必要性が議論されている。日本のさまざまな農山漁村において、変容しながらもいまなお、生物多様性や生態系の持続的な利用や、人と自然の密接な関わりが存在しつづけている。これらの地域で伝統的に受け継がれてきた知識(伝統知)や地域に特有の知識(地域知)が、生物多様性や生態系の保全と再生に大きな役割を果たしている。これらの伝統知や地域知をいかに次世代に継承しつつ活用していくかは、自然共生社会を実現するための社会変革に大きな示唆を与えてくれるだろう。
 私は、生態学を専門とする研究者の一人として、さまざまな学術分野の研究者や社会の多様な関係者と協働しながら、人と自然の関わりを生物多様性と地域文化の両面から学んできた。その協働による学びに対し、水環境に関連する生態学およびその周辺分野の研究者に贈られる生態学琵琶湖賞(日本生態学会と滋賀県が共同で運営)を受賞する栄に浴することとなった。人と自然の関わりを多くの方々と共に学び続けていく気持ちを新たにした。

(広域システム科学/生物)

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