HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報633号(2022年1月 5日)

教養学部報

第633号 外部公開

<送る言葉> 村田 滋先生を送る

滝沢進也

 村田滋先生は、当時国内では数例しかなかったといわれる極低温マトリックス分離技術を駆使し、有機光化学で重要な成果を挙げられた。さらに、環境・エネルギー問題との関わりから社会的な要請と注目度が高い「光合成の人工的模倣」に関する研究にも早期から取り組まれた。また、学内の重役を歴任し、教務や大学運営に多大な貢献をされたことは周知の通りである。具体的な研究内容やご略歴はご本人が書かれるものと推察し、ここでは先生のお人柄やエピソードを中心に紹介して送る言葉に変えさせていただきたい。
 コロナ禍では在宅勤務も増えたようだが、先生はそれまで早朝七時三十分頃に出勤することを日課にされていた。帰宅時間もそれほど早いわけではなかったように思う。私は助教として着任した当時、教授より早く出勤して遅く帰宅するのがマナー、などと何も知らず張り切っていた。しかし私の朝七時三十分といえば、大変失礼ながら、まだ寝ぼけ眼で朝食をとっている時間である。お察しのとおり、その抱負は早々に断念してしまった。その間、先生は研究、教務、大学運営に関わる様々な業務を黙々とこなされた。私が着任して以降十二年間、病欠は一~二回ほどしか記憶がなく、温厚な雰囲気に相反して実は強靭な体力と精神力をお持ちなのである。研究室メンバーの私や学生に対しても常に細やかな配慮をしてくださった。例えば、教授室の扉は基本的に開放で、我々がいつでも気軽に訪ねていける雰囲気を作っていただいた。さらに特筆すべきは、一般化学や有機化学を中心に多くの教科書や訳書を執筆されていることであろう。理系の大学生であれば、一度は先生のお名前を大型書店やネットで目にしたことがあるはずである。書籍案内で先生の新刊を発見しては、あれだけお忙しいはずなのにいつ書かれているのだろうと疑問に思ったことは数知れない。
 教授になられてからは、相関基礎科学系系長、広域科学専攻長、副研究科長など学内における重責を担われてきた。ご本人は「だいたいこのくらいの年齢になるとそういう順番が回ってくるんだよ。」などと言われていたが、並外れた責任感があり、多くの先生方から信頼を寄せられていたからこそだと思われる。今思えば、村田先生がそのような役職に就かれてからも、助教として私が関わる研究室運営業務が激増したことはない。
 ちょうどこの執筆依頼をいただいた十月上旬、分子科学研究所や三重大学時代を含むこれまでのご研究で合成されたという多くの有機化合物を先生自らがドラフト中で廃棄処理されていた。そのような仕事は助教か学生に気軽に申し付けてもよさそうだが、「自分でやるべきことは責任もって自分でやり、決して他人に迷惑をかけない」という頑なご姿勢が変わることはない。もしくはその作業によって、これまでのご自身のご研究、恩師や学生たちとの思い出をゆっくりと振り返られていたのかもしれない。サンプル瓶のラベルを眺めながら黙々と作業される先生の後ろ姿を拝見し、そのようにも感じた。

(相関基礎科学系/化学)

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