HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報633号(2022年1月 5日)

教養学部報

第633号 外部公開

<時に沿って> ふるさととフィールドワーク

塚原伸治

 はじめまして。総合文化研究科超域文化科学専攻に着任した塚原伸治です。文化人類学コースと歴史学部会でお世話になります。専門分野は民俗学で、特に千葉県香取市佐原、滋賀県近江八幡市、福岡県柳川市の三つの町をフィールドとして、地方都市で家族経営の形でいとなまれる「老舗」といわれるような商工業者について、売り手と買い手の関係、儀礼、家業継承のしくみなど、様々な事例をもちいて考えてきました。フィールドワークと歴史資料をつかったアプローチの双方を組み合わせることで、現在と過去のあいだで視点を往復させながら、そこに生きている/生きてきた人たちの生活やものの見方について理解することが目標です。
image632_06_2.jpg さて、三つのフィールドのうち、最初にあげた千葉県の佐原という町は、私にとって卒業論文のためにはじめての調査をした場所であるのと同時に、生まれ育った町でもあります。自分のふるさとについて調べることが、最初の研究となったというわけです。研究結果として地元のことがよくわかり、それが研究者を目指す動機になった......と言いたいところなのですが、じつは全く逆でした。調べれば調べるほど、自分の育った町のことがよくわからなくなってしまったのです。
 大学院に入るとこんどは縁もゆかりもなかった福岡県や滋賀県の町に飛び込んでいって、フィールドワークをするようになりました。フィールドワークは自らの体験を通して他者について理解しようとする営みであるわけですが、私もこれらの町で居候をしながら、その町や人びとのことを理解するようにつとめました。そこで私は少し不思議な感覚をおぼえました。こうして遠くの町のことについて考えることで、初めて自分のふるさとのことが少しわかってきたような気がしたのです。そしてさらに興味深いことに、そのことは、この二つの町についてのより深い理解と、さらなるわからなさへと私をいざないました。そうして、自分のふるさとと他の二つの町を行き来する形での研究を続けることとなりました。じつは最初は卒論だけのつもりで気軽な気持ちで始めたふるさとの研究ですが、結局いまだに離れられずにいます。
 十九世紀に自文化研究を中心として始まった民俗学という学問も、一〇〇年以上を経て、いまや外側に向けて研究のフィールドを拡張しています。しかし一方で、いつまでたっても自分自身の足元について問いかけずにはいられないのは、民俗学が継承してきた癖のようなものかもしれません。これは、「自文化を研究する」「地元について調べる」という狭い意味にとどまるものではなく、自分の当たり前の生活について問うことや、自分の研究者としての立場性について常に問い続けることなど、そういった民俗学の最新の動向ともつながっているのではないかと考えています。
 自己紹介が少し長くなりましたが、皆さんこれからどうぞよろしくお願いします。

(超域文化科学/歴史学)

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