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教養学部報

第634号 外部公開

<送る言葉> 時弘先生をおくる言葉

ウィロックス・ラルフ

 「時弘先生は今年度最後ですか!?まだお若いですからまだ定年ではないでしょう。」とここ一年よく聞かれる。そしてそう聞くのはけっして学生だけではない。時弘先生と面識のある本郷キャンパスなどの教職員からも最近そのようなお尋ねが多い。今年度に本当に定年に迎えることを教えてもすぐに信じてくれない方も時々いる。実は、私もまだあまり信じていない。
 時弘先生は元々工学部物理工学科の出身で、駒場にある大学院数理科学研究科に着任される前には本郷キャンパスの工学部物理工学科そして二年間ほどUniversity of Pennsylvaniaの物理学科において物性理論の研究で大活躍されていました。
 私も元々理論物理学出身なので時弘先生の物理学や数学に対する見方と非常に近い立場にいたわけで、初めてお会いした頃から、自分の研究に関して一番議論しやすい相談相手でした。
 時弘先生は一九八〇年代後半に薩摩順吉先生の影響を受け、無限次元可積分系そして特に離散可積分系とその応用を研究し始めて、結局、一九九五年に数理科学研究科に移ることになりました。薩摩先生と高橋大輔先生(早稲田大学)によって提唱された「箱玉系」という不思議な性質を持つソリトン・セル・オートマトンを「超離散極限」と呼ばれる新しい数学的道具で当時無限次元可積分系分野を支配していた「佐藤理論」と結び付ける結果はその頃の時弘先生の一つの有名な研究成果です。実は、その結果は「超離散可積分系」という新しい研究分野が発進するきっかけにもなりました。
 一九九六年に初めて来日したときに、時弘先生が毎週決まった時間に私に佐藤理論についてプライベート・レッスンをして下さったことは非常に楽しい思い出です。ただ、時弘先生のお陰で大いに勉強になったのは佐藤理論だけではありません。日本の食文化、特に日本酒の楽しみ方についての驚くほど詳しい説明はある意味でさらに貴重な思い出になっています。
 時弘先生は理論的な研究だけではなく、離散可積分系そして特にセル・オートマトンの数理生物学や数理医学の分野への応用も活発に研究し、その分野でも数多くの大学院生を育ててきたことはもう一つの印象的なことです。
 また、最近六年間まず数理科学研究科の副研究科長、またそのあと研究科長の任に当たってしまったこともあり、コロナ禍の下で非常に大変な任務はずだったにもかかわらず、時弘先生の全くかき乱されていない姿が印象的でした。
 退職後はどうなさるのか具体的な予定はまだ伺っていませんが、この秋「日本応用数理学会フェロー」に選任された上で、今後、ご経験を若手の研究者に伝えていただいて、研究者としてもますますのご活躍もお祈りするとともに、時々以前のように日本酒文化についてのプライベート・レッスンを受ける機会があると期待しています。

(数理科学研究科)

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