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教養学部報

第634号 外部公開

<本の棚> 寺田新 訳 『スポーツ栄養学ハンドブック』

松永 裕

 東京オリンピックでの感動と興奮が記憶に新しいように、スポーツは多くの人の興味を惹く。アスリートは競技力向上のために日々トレーニングに励み、それを支えるためにスポーツ現場では「心・技・体」様々な方面からアプローチがされてきた。競技力向上・健康づくりの三原則に「運動・栄養・休養」という言葉があることからも、適切な栄養摂取がスポーツパフォーマンスの向上や健康の維持増進に貢献するということは多くの人が理解するところであろう。一方で、「飲むだけで〇〇キロ痩せる‼」などといった謳い文句に釣られ、科学的根拠に乏しい怪しげなサプリメントに手を出す者も少なくはない。そのため情報が溢れかえる現代においては、食事・栄養摂取に対して何が正しく、何が間違っているのか判断するヘルスリテラシーを身につける必要があるのではないだろうか。
 本書はダン・ベナードット博士が執筆したACSM's Nutrition for Exercise Science の翻訳書であり、栄養学・スポーツ栄養学の基本的な原理原則を解説する内容となっている(ACSMとはAmerican College of Sports Medicine: アメリカスポーツ医学会の略で、スポーツ栄養に関するガイドラインを発表しているスポーツ医学・スポーツ科学の学術団体である)。全十五章から構成される本書では、たんぱく質・脂質・炭水化物・ビタミン・ミネラルといった身体にとって欠くことのできない栄養素とその適切な摂取量の解説、性別および種目別(パワー系、持久系、混合系競技など)の栄養戦略方法、また遠征時や環境条件(標高や温度湿度など)の違いによる栄養摂取上の注意点、栄養補助食品・サプリメントの実際、栄養指導・食事計画のポイントなど、内容は多岐に渡る。
 本書において個人的に特に面白いと思ったのはその構成である。これまでの多くのスポーツ栄養学の教科書・参考書というのは、栄養素自体の説明や摂取することの重要性、不足した際のデメリットなどを記載したものが主であった。一方本書では、各栄養素の詳細な解説に加えて、各章において実際のスポーツ現場で選手が直面する問題を例示した「ケーススタディー」や、問題に対する「議論のポイント」が記載され、本書を読み進めることで、その問題に対して理論的・実践的に解決ができるよう構成されている。私自身も過去にケーススタディーと同じような体験・失敗をしたことがあり、「今から十数年前に本書を手にしていれば、スポーツ競技者としてもう少し上に行けたかもしれない......」という気持ちになった。事例が提示されることで読者にとってはイメージがしやすく、知識の習得のみならず、その知識をどの様に使うのかを学ぶことができる点で、従来の書とは一線を画すものであろう。また、各章の末尾には実践問題・章末問題があり理解度の確認ができることから、スポーツ栄養学に関する資格取得を目指す際の参考書としても利用できるのではないだろうか。
 いずれの章も科学的な根拠に基づき、非常に詳細かつ分かりやすい説明がされているため、スポーツ栄養学に興味を持つ学生から、スポーツ栄養士・アスレチックトレーナーといったスポーツ医科学サポートを行う方まで、幅広い層から愛される一冊になることが予想される。また、本書でスポーツ栄養学の基礎を学んだ後には、その発展として翻訳者である寺田先生が執筆された『スポーツ栄養学:科学の基礎から「なぜ?」にこたえる』(東京大学出版会)、『2020年版 スポーツ栄養学最新理論』(市村出版)にも手を伸ばしてもらいたい。前者は、現在用いられているスポーツ栄養戦略がなぜ効果的なのかそのメカニズムについて、また後者は最新の研究結果をもとに、新たな栄養戦略の可能性について学ぶことができるものとなっており、スポーツ栄養学についてより深く知りたい方には適書となるであろう。

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提供 東京大学出版会

(生命環境科学/スポーツ・身体運動)



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