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教養学部報

第634号 外部公開

<送る言葉> 金井先生との思い出

木田良才

 私と金井先生との交流が始まったのは、私が博士課程一年の学生だったときです。その年の秋頃、見たこともないくらい丁寧なメールを金井先生から頂いたのが始まりです。内容は、金井先生が当時所属されていた名古屋大学で私の研究成果について連続講演を行ってほしいというものでした。その年の夏に東大で開かれた「リーマン面に関連する位相幾何学」という研究集会で私の講演を聞かれたのがきっかけとのことです。私はそのメールの丁寧さに恐縮する思いで講演を引き受けました。
 連続講演はその冬に行いました。数日間、朝から夕方までお付き合い下さいました。まだ学生時分で人に説明する配慮などかけらもない講演しかできなかったように思いますが、金井先生を含め、その場におられた方々は大変興味を持って聞いて下さいました。そして私の記憶に残っているのは、ある日の晩の食事会です。確か名大近くのバーらしきお店に連れられ、ウィスキーを相当飲んだのですが、大人の金井先生に敵うはずもなく私は酩酊状態でした。その後二人で高級そうなお寿司屋さんに行きご馳走になったのですが、もうそのとき私は会話ができない状況でした。グルメな金井先生のことですから、おいしいお寿司だったに違いないのですが味の記憶が全くなく残念です。そんな状態で次の日の講演がどうなっていたか、想像に難くないと思います。でも金井先生の寛大さに助けられ、何とか連続講演を乗り切ることができました。
 少し数学の話をします。金井先生と私の数学に共通するキーワードは「剛性(rigidity)」です。剛性とは、何らかの弱い条件の下、より強い条件が自動的に従うことを主張する性質です。金井先生は三十代の頃、多様体への群作用に関する剛性定理を示され、これは金井先生の著名かつ独創的な業績の一つとして知られています。私が連続講演で話した内容も剛性にまつわるものです。当時、私は金井先生がそんな定理を証明していた方とは存じ上げていなかったので、どうしてそこまで強い興味を私の仕事に持って頂いたのか、私は理解していませんでした。でも今はわかります。
 今思うと、金井先生は私を常に励まして下さいました。私だけでなく、励まされた経験を持つ若い研究者は数多くおられると思います。金井先生は二〇〇六年から十二年間、国内外の研究者を招いた研究集会「Rigidity School」の世話人を務めてこられました。これも若い研究者を励ます役割を果たしてきました。金井先生の講義を聞かれたことのある学生さんはおわかりになるかと思いますが、金井先生の語り口は何か人を引き込む独特の魅力を持っています。そして数学に対するこだわりの強さと想像力の豊かさに私はしばしば圧倒されてきました。
 そんな個性抜群の先生が東大を去られるのは、私にとってはとても寂しい限りです。ここ数年は、ご研究に時間を割くことが難しいご様子でした。退職後は、今まで温めてこられたアイデアの実現に向け楽しく穏やかに過ごされることを祈っております。金井先生、長い間本当にお疲れ様でした。

(数理科学研究科)

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