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教養学部報

第634号 外部公開

光合成を自在に制御して持続可能な社会を目指す

神保晴彦

 植物が行う光合成は、太陽からの光エネルギーを使って水から電子を抜き取り、その還元力と電子が光合成膜を移動する過程で形成されるプロトン濃度勾配を用いて合成されるATPを用いて、空気中の二酸化炭素を固定してデンプンなどの有機化合物を生産しています。私は、この光合成プロセスの洗練された緻密さに惹かれて、かれこれ十年近く光合成について研究を行っています。
 多くの人にとっては、光合成が重要だとは分かっていても、あまり実感が湧かないかもしれません。しかし、我々の生活に光合成は確かに影響を及ぼしています。二〇二一年の夏は、日照不足によって多くの野菜の値段が高騰しました。また十一月には、北海道沖でカレニアという光合成藻類が大量に発生して赤潮を形成し、養殖産業に甚大な被害を及ぼしています。どちらの現象も、環境変化による光合成活性の変動が大きな影響を及ぼしています。
 これまでに、光合成生物の遺伝子を改変することで、光合成によって固定された炭素源を有用物質に転換する研究や、逆に光合成生物の活性を抑制する研究が世界中で行われています。近年では特に、低炭素社会の実現を目指して、光合成エネルギーを使ってバイオディーゼルの燃料を生産しようとする研究に莫大な資金が投入されています。また、赤潮を形成する藻類の光合成特性を解析することで赤潮の発生予測を目指す研究も行われています。これらの光合成研究は全て並行的に行われており、同じ研究の中で光合成活性を正負に制御しようとする試みはこれまでなされていませんでした。image634_08_2.jpg
 私たちは最近、植物と同じように光合成を行うバクテリアであるシアノバクテリアを用いて、バイオディーゼルの原料となる遊離脂肪酸を生産する研究の中で、異なる分子構造を持つ遊離脂肪酸が光合成活性を正にも負にも制御することを発見しました。遊離脂肪酸は、細胞を形作るために必要な生体膜の主成分である脂質の原料となる物質であり、鎖長や二重結合の数・位置・シス/トランスなどに応じて分子構造の異なる多様なものが存在します。本研究では、遊離脂肪酸のうち、リノール酸やリノレン酸のように二重結合を二つ以上持つ多価不飽和脂肪酸と呼ばれる脂肪酸が、強光下において光合成複合体を不安定化させることを明らかにしました。さらに、多価不飽和脂肪酸が細胞内に取り込まれると、膜を構成する脂質分子の一種であるホスファチジルグリセロール(PG)のsn-2という特異的な位置に組み込まれることを明らかにしました(図1)。                            (図1)
本研究の成果から、多価不飽和脂肪酸は、環境中において容易に分解されるため環境負荷が低く、赤潮やアオコに対する防除薬として期待されます。また、遺伝子改変を行わずに光合成活性を制御することができるため、遺伝子改変ができない光合成生物にも転用可能であることや、遺伝子組換えを忌避する産業への汎用性にも優れた技術であると考えられます。
 私はサイエンスのよいところは、多くの人を救う力がある点だと思います。SDGsで取り上げている問題の一つに水問題があります。地球上の水の一部は有毒な化合物を生産する光合成生物によって汚染されており、主に経済的に貧しい人々が汚染された水を飲むことで健康被害を被っています。私は、今回の研究成果に基づいた遊離脂肪酸を用いた技術によって、こうした貧しい人々を取り巻くエネルギー問題と水利用の問題を同時に解決できると期待しています。

(生命環境科学/生物)

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