HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報636号(2022年5月 9日)

教養学部報

第636号 外部公開

駒場図書館に荻生徂徠の貴重資料が寄贈されました! (連載第一回)  館長対談・駒図に新しい宝物を迎えるまで

石田淳(I)・石原あえか(A)

 このたび荻生徂徠(一六六六~一七二八)の貴重資料一五三点が、ご後裔の荻生茂樹氏と庄子妙子(茂樹氏姪御・旧姓荻生)氏から、駒場図書館(以下、「駒図」と略)に寄贈されました。二回にわたる連載初回は、駒図が新しい宝物を迎えた経緯を、両館長の対談形式で振り返ります。

I・ご寄贈のお話があったのは約一年前、新緑の頃でした。米国に帰化された建築家の荻生茂樹氏が、御母堂他界に伴い、東京の荻生家に代々伝わる史料を公共財産として保存公開したいと考え、以前同家と交流のあった社会科学研究所名誉教授の平石直昭先生に相談されました。その平石先生から教養学部国漢部会の高山大毅先生を通して寄贈の話が進みました。
A・本郷の史料編纂所が一時預かりしたものの、多数の資料の恒久的保管は無理ということで駒図が検討することに。しかし資料の総量も内訳も不明で、当初はさすがに躊躇しましたね。
I・とはいえ徂徠は、江戸時代屈指の大学者ですから。朱子学を批判して構築した彼独自の儒学「徂徠学」は大流行し、その影響は江戸時代の学芸の多方面に及んでいます。政治思想史研究者・丸山眞男は、徂徠の思想に「近代意識」の萌芽を見ました(『日本政治思想史研究』、一九五二年)。国際的にも徂徠研究は活発で、主著『弁道』、『弁名』などの英訳もあります。

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学際駒場の本領
A・文才もある徂徠は、漢文学にも大きな足跡を残しています。賀茂真淵・本居宣長の「国学」も徂徠学を重要な基礎としているとは初耳でした。また〈腑分け〉で有名な山脇東洋ら古方医たちも影響を受けているとか。十八世紀前半に、ロンドンや北京と並ぶ大都市・江戸の文化を牽引したスター・徂徠と聞けば、無下にお断りできません!
I・それに荻生家資料には、自筆稿本はもちろん、徂徠一門の重要資料が多く含まれていて、「新発見もあるはず!」と言われたしね。
A・生前から絶大な人気を誇り、〈富士山〉になぞらえる人もあれば、「東方(=日本)開闢以来第一人」と称する人もあり、熱狂的なファンが多かったので―。
I・彼の自筆の稿本や書は珍重され、入手しがたいことから自筆の稿本類が切断分割され、断簡の形になっていることもよくあるらしい。贋作も多く、なかなか真筆にお目にかかれない。同時代人たちでさえ垂涎の徂徠自筆の稿本や書、彼が用いた印が含まれる江戸時代の学芸の「至宝」が、駒図に寄贈されたのですよ。
A・しかも漢文資料だけかと思っていたら、徂徠の視野の広さを反映して、『古今和歌集』の自筆写本、音楽関係の著作、琉球の慶賀使についての記録『琉球聘使記』、さらに彼がルールを編み出した将棋『広象棋譜』の自筆稿本まで含まれていて、驚かされました。
I・結果的に学際的研究が盛んな駒場にふさわしい貴重資料をお引き受けできました。心配していた資料の容量も図書館のみなさんと知恵を出し合い、所蔵可能という判断に至りました。

整理・保管・公開
A・少し話題を変えます。私の専門のゲーテ(一七四九〜一八三二)は小国の宰相でもあり、ドイツ語圏で最初に著作権が認められた詩人とも言われていますが、大量の直筆原稿や書簡、大規模コレクションが現存するのは、直孫ヴァルターの功績です。まして徂徠はゲーテより前の人、その死去から三世紀にわたって史料を継承する努力は並大抵のものではないでしょう。
I・荻生家史料の存在は戦前から知られ、一九七〇年代のみすず版全集編纂の折には、荻生敬一氏(茂樹氏御尊父)の熱意もあって多くの史料が撮影されました。また一九七八年には東京国立博物館で徂徠の書の展覧会も開催。敬一氏御次男の茂博氏(茂樹氏御実弟、庄子氏御尊父)は日本思想史研究者で、江戸儒学にも取り組まれていましたが、惜しくも二〇〇六年に逝去されました。今回、基礎調査をされた高山先生たちにも、寄贈者のおふたりを筆頭に荻生家代々の継承努力がひしひしと伝わってきたそうです。
A・自筆稿を美しく装丁したり、多くの写本を作成したり。特に荻生敬一氏作成の史料一覧ノートは、今回の史料整理にとても役立ったとか。駒図としてはその志を継いで、寄贈史料を整理・保管し、公開することが次の重要課題ですが、これまた何年もかかる大仕事になりそうですね。
I・それでコレクション名はどうなるのかな、たとえば鷗外文庫にならって徂徠文庫とか?
A・ええ、でも荻生家代々の功績を顕彰する意味で、荻生家文庫や荻生文庫も候補にあがっているようです。
I・ところで資料の移送には、平時と異なる苦労もありました。いまだ茂樹氏がコロナ禍のため来日できない状況です。ハラハラドキドキも多々ありましたが、寄贈者のおふたりが本学と駒図を全面的に信頼して下さったのは、嬉しいことでした。
A・昨年夏、貸金庫保管の資料を移送する際、庄子氏と御母様の木須八重子氏が駒図に立ち寄られ、これから寄贈資料を保管する貴重書庫もご覧いただきました。
Ⅰ・事務手続き完了を機に、今年三月頃に寄贈式を予定していたものの、新型コロナウイルス感染症の収束にはまだ遠く、無期延期になっているのが残念です。もともと駒場は日本思想史・東アジア思想史研究の伝統があり、荻生徂徠の貴重資料が駒図の宝物に加わった事実は、重要な意味を持ちますからね。
A・どんなに素晴らしい資料かは、次号で高山先生に語っていただきましょう。

(駒場図書館長/国際社会科学/国際関係)
(総合文化研究科図書館長/言語情報科学/ドイツ語)

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