HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報636号(2022年5月 9日)

教養学部報

第636号 外部公開

〈後期課程案内〉経済学部 経済学部への招待

経済学研究科長・経済学部長 星 岳雄

http://www.e.u-tokyo.ac.jp/

 経済学とは言うまでもなく経済の学問です。私たちは誰もが経済活動を行っています。多くの人は働くことによって収入を得て、それを使って生きていくのに必要な食糧や衣服と生活を豊かにするための他のモノやサービスを購入します。収入の一部は老後のためにあるいは何かの理由で働けなくなった時のために貯蓄するでしょう。
 こうした経済活動は多くの場合、個人で行うのではなく、集団で行います。個人で事業を営む人も多数いますが、もっと多くの人は企業や組織で働いています。皆さんは学生ですから、親と一緒に住んでいたり、そうでなくても経済的支援を受けている人が多いでしょう。家計という組織レベルで経済的な意思決定が行われていると考えられます。
 企業も家計も経済活動を通じて、他の企業や家計と関わっています。企業は家計と労働契約を結び、金融機関(これも企業ですが)から資金を受け入れ、他の企業と財市場で競争します。加えて、政府も重要な組織です。国民から税金を徴収して、それを使ってみんなで使う道路や水道などの公共財を提供します。また、経済活動は国境も越えていきます。モノ・サービス、資金、人々、そのすべてが国境を越えて移動し、企業と政府は国際的な市場で、競争・協調します。
 このように、経済は、世界中の多くの人々と組織が様々に関わる複雑なシステムを作っています。この複雑なシステムがどのように動くかを探求するのが経済学です。驚くべきことは、このように複雑なシステムが、非常にうまく動き得るということです。皆さんの中にはすでに勉強した人がいるかも知れませんが、厚生経済学の第一基本定理というのがあって、ある仮定のもとでは、たとえ人々や企業がまったく利己的な動機から行動していたとしても、市場での共通の価格に反応する結果として、全体的には、全く無駄のないという意味での最適な状態をもたらす、ということがわかっています。
 しかし、この定理が成り立つために必要な仮定は、個々の企業は価格に影響を及ぼすことができないとか、全ての時点のあらゆる可能性について条件的財の市場が存在するとか、全員が同時に使うことができる「公共財」というものは存在しないとか、現実には成り立ちそうにないということもわかります。そうすると、現実の市場経済に様々な問題があるのは当然だと思えて来ます。働きたいのにいつまでも仕事が見つからない人がいるとか、誰も予想していない資産価格の暴落があったりするとか、二酸化炭素の排出量が多くなりすぎて地球温暖化につながるとかいったことが起こるのも不思議ではありません。むしろ、経済システムが結構うまく動いている時が多いことに驚くべきかも知れません。
 現実の経済の様々な問題は、人々や企業が自分の利益だけを考えて、社会全体、人類全体への(悪)影響を無視することから起こってくるという考え方もあります。全ての人が社会全体のことを考えて行動するなら、望ましい経済システムが実現するように思えるかもしれません。しかし、実際は、自分の行動が社会全体にどのような影響を及ぼしているのかを知ることは困難です。そのための十分な知識と情報を個人で保有することはできないと思われます。全知全能の神や、必要な情報をすべて集めて分析できる人工知能などが存在すれば、話は別かも知れませんが、不完全で自分のことしか考えない人達も少なからずいるような状態でも、結構うまくいくことのある経済システムをより深く理解して、その改善を図る方が現実的かと思います。
 経済システムにはまだまだ分からないところはたくさんありますが、これは経済学の発展の可能性が大きいことも意味します。最近の経済学は、厚生経済学の基本定理が成り立たない場合について、どうすればある程度うまくいくような仕組みを作ることができるかを理論的に考えて、実際の経済、特に問題が明らかな場合の経験に照らして、理論的仮説を検証するという形で、着実に発展してきたと言えるでしょう。たとえば、十年ほど前に世界金融危機があって多くの経済がダメージを被りましたが、そうした問題を軽減するための仕組みが作られてきました。現在まだ進行中の新型コロナウィルス感染症による経済危機が大規模な金融危機には至らなかったのは、世界金融危機後の様々な工夫によるところが大きいということが言えます。最近では、ロシアによるウクライナ侵攻に端を発する数々の経済制裁や金融制裁に経済システムがどのように対応できるかという問題が発生しています。また、コロナ禍でより鮮明になってきた経済システムの様々な問題というものもあります。こうした問題をどのように解決できるのかを考えることによって、経済学はまた発展していくでしょう
 東京大学経済学部では、経済学の最先端の知見を学生に提供し、さらにそれを発展させて現実問題を解決する方法を、教員も学生も共に考えていきます。経済学部には経済・経営・金融の三学科があります。どの学科も経済学を基本にしていることは共通ですが、経営では企業経営にとって必要な知識・技法をより学際的に学ぶことになり、金融では経済で特に重要な金融の分野を深く学ぶことになります。ただし、どの学科に進んでも学科間の垣根は低いので、幅広い勉強ができるようになっています。私はマクロ経済学者ですが、金融、特に企業金融やコーポレート・ガバナンスの研究を行ってきたので、三学科のすべてに愛着があります。
 経済学部はいわゆる文系学部ということになっていますが、数理的・統計的アプローチの科目が多く、その意味でいわゆる理系的要素をも持っています。十年程前より進学選択では全科類枠を採用しており、文科二類以外の文科三類、理科一類、理科二類からの進学者が約四分の一を占めています。経済学部へはどの科類からも進学可能ですので、皆さんも文系理系という枠にとらわれずに、進学を検討して頂きたいと思います。
 ただし、経済システムはいわゆる理系の学問が対象とする自然システムとは違って、自由に行動を変えることができる人間から成り立っています。これが経済システムを自然システム以上に複雑にする要因で、経済システムを理解するには、数理的・統計的アプローチだけではなく、心理学、人類学などの人間を対象とする学問のアプローチ、そして歴史的アプローチも重要になってきます。こうした様々なアプローチを学ぶことができるのも経済学部の魅力の一つでしょう。
 ゼミや少人数講義が充実しているのも経済学部の教育の特色です。そこでは大教室の授業では味わえない教員による密接な指導を受けることができます。それに加えて教員の監督およびティーチング・アシスタントの補助の下、論文検討会、企業の検討会、ディベート等を行い、レポートを提出することによって単位を認定するプロアクティブ・ラーニングセミナーも行われています。二〇二〇年度は新型コロナウィルス感染症の影響で、ゼミや少人数講義までオンラインになったこともありましたが、二〇二一年度からは対面で行う原則を復活しています。春学期は対面で参加できる人数に制限を課しましたが、秋学期の後半からは全員が対面で参加できるようにしました。
 経済学部が近年、力を入れているのは「卓越プログラム」です。国際社会で皆さん方が活躍するためには今後、修士の学位をもつことは必須となります。学部時代から大学院との合併科目を計画的に履修することにより、一年間で修士課程を修了できる卓越プログラムが整備されており、毎年優秀な学生が挑戦しています。また経済学部は欧米の大学と深いつながりを有しており、多くの学生が海外での就学経験を積んでいます。これもコロナ下では一時停止せざるを得ませんでしたが、いまではほぼ完全に復活しています。
 経済学部は一〇三年におよぶ歴史を持ち、卒業生は約三五、〇〇〇人を数えます。その間、実業界、官界、学界など各界に数多くの優れた人材を輩出してきました。経済学部そして日本経済さらには世界経済の将来を築く人材を求めます。進学先としてぜひ経済学部を検討してください。

(経済学部長/マクロ経済学)

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