HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報637号(2022年6月 1日)

教養学部報

第637号 外部公開

<本の棚> 川島真・池内恵 編『新興国から見る アフターコロナの時代―米中対立の間に広がる世界』

津田浩司

 コロナ禍は、未知の病原に対し世界中が同時に関心を向け、脅威を感じ、そして生活変容を強いられたという点で、人類に対し運命共同体的な経験をもたらした。ウイルスは瞬時に地球上を覆い、私たちは世界と直結しているとの認識を新たにした。
 もっとも、その対策の局面となると、グローバル化の加速等により役割低下が指摘されていた国家の存在感が、コロナ禍の拡大に伴いまさにその主体として改めて前景化された。しかもそこから繰り出される施策はいずれも、私たちの生命や生活のあり方に直に影響を及ぼす重大なものばかりだ。この意味で、今日の、そしてアフターコロナの世の中を見据える上で、世界と私たち個々人との間に横たわる中間的存在たる国家の役割に注目することは、極めて重要だ。
 本書は、全球的な視野からこの関心に応えてくれるものである。武漢で病因不明の肺炎事例が初めてWHOに通知されてからちょうど二年経つ二〇二一年一二月刊行の本書(ただし大半の章は前年夏に脱稿)は、米中対立を軸にコロナ禍が国際秩序に及ぼした変化や影響を論じた三部作の三巻目にあたる(同時にこれら三巻は、「知」を広く社会と共有することを掲げ立ち上げられた東大出版会の新シリーズ「UP plus」の第一弾でもある)。第一巻『コロナ以後の東アジア―変動の力学』(東大社研現代中国研究拠点編、二〇二〇年九月)が、コロナ禍が中国の内政・外交・経済に与えた影響を主に論じ、また第二巻『アフターコロナ時代の米中関係と世界秩序』(川島真・森聡編、二〇二〇年一二月)が、西欧やアジア・オセアニアの主要先進国の立場から米中対立を分析したのに対し、本書は「それ以外」(編者の言葉で換言すれば、「G20からG7を除いた国々」にほぼ相当)を主要対象に、右記課題を検討している。編者は中国・中東地域の国際政治を広範に論じてきた安定感抜群の川島真・池内恵、そして各章の執筆陣は昨今メディアで引っ張りだこの小泉悠・倉田徹を含む各国・地域政治のエキスパートとくれば、もうそれだけで魅力いっぱいだ。
 本書に通底する認識は、二十一世紀に入り米国の影響力が総じて減退し、代わって中国が対抗勢力として台頭しつつある、という国際政治の基調である。そうした国際秩序の大変動の只中に発生したコロナ禍が、各国の政治に、さらには国際秩序の趨勢に、直接的にいかなる影響をもたらしつつあるのかを、本書は国別に分かりやすく提示している。米中や先進国以外の「地域大国」や「小国」、さらには中東や中央アジア、ラテンアメリカ地域に注目することで見えてくるのは、各国が専ら米中対立という大枠の論理のみに動かされているわけではない、というごく当たり前の(しかししばしば見過ごされがちな)事実である。コロナ禍は、旧来からの人の移動やつながりの濃淡を炙り出すとともに、各国の体制のあり方や社会的特徴、その強み弱みをも浮き彫りにした、というのもまた、本書から得られる重要な知見である。いわゆる「権威主義」にも様々な形があるわけで、「民主主義」といずれの体制が優位か、などと雑駁に論じることはできないのだ。
 大国間の覇権をめぐるせめぎ合いの中にあっても、主権国家(や準国家)がそれぞれの思惑で利益を引き出そうと立ち回っている、というのが本書の基本的な見立てだ。だが、二〇二二年二月以降私たちは、こうして成り立つ国際秩序を根底から覆す事態の進行をウクライナで目撃している(もっとも、結果的にこうした事態に至る背景については、ロシアや周辺地域の政治動向を分析する各章中で部分的に予言されている!)。本稿を執筆している三月後半、いくつかのメディアは、主権国家を真っ向から潰しにかかるプーチンの判断が、コロナウイルスを極度に警戒するあまり、自らをごく限られた側近以外から遠ざける中で下されたらしい、と報じている。コロナ禍がこんな形で国際秩序を揺るがしたというのは悪い冗談だろう(いや、冗談ではないかもしれないし、冗談では済まされない......)。
 本書内の記述上の主体はあくまでも国家(政権)であるが、冒頭で述べたように、長引くコロナ禍の間に私たち個々人にもたらされた経験や認識、それに感情の変化が、今後の世界のあり方にどう影響するのか(国際政治上のアクターにどう反映され得るのか)、注視していきたい。

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提供 東京大学出版会

(超域文化科学/文化人類学)




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