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最終更新日:2022.06.09

教養学部報

第637号 外部公開

里程標としての著作

三浦 篤

image637_2_03.jpg 今から三十四年前、私がジャポニスム(日本趣味)に関する最初の論文を発表したとき、遠い将来、日仏美術交流史についてこんな本をまとめるとは予想していなかった。ところが、西洋美術史を学ぶために留学したパリで、ジャポニスム関係のみならず、日本近代洋画に関する新資料も合わせて発見することになり、俄然この分野に興味を持ってしまったのだ。その後、黒田清輝を始めとする日本の洋画家たちを育成したコランという画家が、日本美術を蒐集し、その美意識に共鳴していたことを見出すに及んで、本書『移り棲む美術--ジャポニスム、コラン、日本近代洋画』(名古屋大学出版会、二〇二一年)の構想が固まった。二つの美術の往還とハイブリッドな融合の諸相が浮かび上がってきたのである。
 長年にわたる調査研究については面白かったという言葉しか浮かばない。むろん、空振りに終わることが多い資料探索に苦労はあったし、昔の論文をアップデートする手間も通常の域を超えていたが、今となっては懐かしい思い出でしかない。長続きできたのは作品が支えになったからではないか。思い入れのある画家や作品を解明するためなら、どこへでも行くし何でも調べてやろう、そんな気持ちが根底にあったような気がする。
 行く先々の調査でお世話になった方々は数知れず、また書籍化するにあたり編集者のご苦労も並大抵ではなく、関係するすべての人々に心より感謝の言葉を捧げたい。装幀家の渾身の作である美麗な本ができあがったとき、助けて下さった方々のご厚意に少しは報いることができた気がしたが、このたび和辻哲郎文化賞、芸術選奨文部科学大臣賞という望外の栄誉を授けられ、再びご恩返したような気持ちになった。
 日本近代を代表する哲学者、文化史家の名を冠した姫路市の賞は、一般部門の受賞であった。本書の学術性には一切の妥協はないものの、意欲的な一般読者も読めるような文章を書いたことが評価されたのはうれしかった。国からいただいた賞の方は、もとより僥倖でしかない。優れた芸術評論は他にもあるのだから。
 本書をまとめながら思っていたのは、研究者として自分の世界を作り上げること。その達成度は五合目くらいで、頂きは雲に隠れてまだ見えない。為すべきことはわかっている。これからも一歩一歩、足元を踏み固めつつ山を登っていくことにしよう。周囲の風景を楽しみながら。

(超域文化科学/フランス語・イタリア語)



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